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第84話

(吐き気がする)  凪の脳裏に、手を絡める男女の姿が蘇る。好きでもないくせに、まるで好きだと本気で思っているような瞳で見つめ、腰を抱かれようと口づけをされようと笑みを浮かべながら受け入れるその姿。流石に見たことはないが、きっと何一つ纏わぬ姿を晒し、身体の隅々まで明け渡したのだろう。その証が、小さな少女となって凪の前に現れたのだから。  色を使う人間も、色に溺れる人間も、等しく嫌いだ。純粋な愛があれば身体を交えずとも変わらず共にいられるなんて少女のように夢見ることはないが、嫌悪が無くなるわけではない。  胸の内にモヤモヤとした気持ちの悪いものが湧き上がり、グニャグニャと蠢いている。どうにかそれを抑え込もうと酒を呷り、摘まみを口いっぱいに放り込んだ。そしてヒバリから視線はもちろん、その声さえ聞きたくないと思考を閉ざす。どれほどそうしていただろうか、いつの間にか酒も摘まみも空っぽになっており、追加を頼むべきかと考えた瞬間、男と楽しそうに笑いながら食事をしていたヒバリが立ち上がった。 「じゃぁ、これで。また会いましょうね」 「ああ、気をつけてな」  そんなありきたりな挨拶をして、ヒバリは会計を済ませるとさっさと店を後にした。その後ろ姿をずっと見つめていた男がニヤリと口元に笑みを浮かべる。それはまるで獲物を見つけた獣のようないやらしさで、もうこの男は堕ちたのかと凪はため息をつきそうになった。それをグッと堪え、凪も何気ない風を装って会計をし、店を出る。ヒバリはどこにいるのだろうかと視線を巡らせた時、薄暗い道で膝をついている姿が見えた。

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