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第87話

「兎堵が好き? どういう意味だ」  朝の支度を手伝いながら凪が昨夜の報告をする。凪の主観や考えが入らぬようにと凪はヒバリの言葉をそのままに伝えたが、どうやらサーミフにもその言葉の意味を理解することはできなかったらしい。ベルトの位置を整えながら眉間に皺を寄せている。 「さぁ、生憎私にもわかりません。家具も食器も食事も、すべてがディーディアでよく見るものでしたし、とくに兎堵を思わせるようなものは無かったと思うのですが」  ヒバリと話していた男を含め、客も店員も全員がディーディア人だった。あの中で異色だったのはヒバリと凪だけだったと断言できるだろう。  人も、店内も、なんら変わったところなど無かった。凪は十年以上を兎堵で暮らしていたのだ。もしも兎堵を思わせるようなものがあれば流石に気づいていたはず。しかし凪の目にそれはひとつも確認されなかった。 「なにか、ヒバリ殿にだけわかるようなものがあったのか……。ヒバリ殿もまた、兎堵の方だろうからな」  ピクリと、凪の指が微かに跳ねる。しかし次の瞬間には無の仮面を被った。

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