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第99話
コツ、コツ、と整えられた道を歩く。一歩足を進めるごとに、どうしてか景色は徐々に色褪せていった。こうして記憶は消えていくのかと感傷に浸った時、遠くから誰かの話し声が聞こえた。どこか懐かしいそれに、足は勝手に動き出す。声が近づくと同時に木々や花といった周りのすべてが少しずつ大きくなっていった事にも気づかず、凪は急くようにして声の元へと向かった。近づくにつれ、声が笑っているのがわかる。鈴を転がすような、とはまさにこの事だろうと言わんばかりに可憐で楽しそうな声。声のすぐ近くまで来た凪は大きな木に身を隠した。そっと視線を向ければ、やはり母がコロコロと楽しそうに笑っている。隣には父の姿もあった。二人とも凪の記憶にあるより少し若い。
俗に言う美青年ではなく、凡庸な父であった。兄という証拠がある通り母ツバキだけを愛していたわけでもないのだろう。けれど視線の先にいる父は庭の美しい花を一輪摘んで、優しい笑みを浮かべている。庭にはたくさん咲いている、特別でもなんでもない花だというのに、母は本当に嬉しそうだった――幸せそうだった。
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