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第100話
父はどうか知らないが、母は父を好きなのだと子供ながらに凪は思っていた。父の側にいる母はいつも楽しそうに笑っていて、凪にもよく父の話をしていたからだ。
凪の知る世界は綺麗で穏やかだった。それがずっと続くと思っていた。たとえ離れ離れになったとしても、その心は綺麗なままなのだと、信じていた。
だから――。
視線の先で両親が口付けをする。触れるだけの、よく見た光景。しかしそれを見ていたくなくて、凪は顔を逸らした。瞼を閉じれば真っ暗な闇に独りとなる。そしてゆっくりと意識が浮上した。
(……夢、か)
なんと懐かしく、なんと穏やかで、なんと美しく、なんと汚い夢だろうか。
はぁ、と深く深くため息をついて、凪は苛立ちを誤魔化すように髪をかき上げた。
「ひとつ聞きたいんだが、数百年も昔に消滅した花が残ることなんてあるんだろうか。自然に消滅したわけじゃなく、人為的に消し去られたものだ」
テーブルの上に置かれた小さなモニターにヒバリは問いかける。そこに映し出された彼は笑みを浮かべてヒョイと肩をすくめた。
『この世に絶対というものは存在しない、とはよく言われたものだが。それが人為的な消滅であればなおさらどこかに存在していてもおかしくはない。多くの者にとって価値が無いどころか有害で消し去ってしまいたいものでも、一部の者には宝物であることも往々にしてあることだ。その理由は様々だが、大概は碌でも無い。そしてそういったものが見つかる時は、その事件もまた大概碌でも無い』
金、権力、欲望、あるいはただの趣味。消し去るべきと言われるものにはそれ相応の理由があるものだが、それを隠してでも所有したいと思う者の理由はだいたいこんなものか。しかしほんの少しのルール違反が、とんでも無い事件を巻き起こすことも多い。それが意図的か否かはともかくとして。
「けれど、俺ですらあれは見たことがない。ただそういったものが過去に存在していたという記録を知っているだけだ」
だから断言できないと渋面を作るヒバリに、画面の向こうにいる彼は穏やかな笑みを浮かべて見せる。
『ヒバリはそれなりにその花と何かの共通点を見つけたから、こうして私に聞いているのだろう。君はズボラでもなければものぐさでもない。ならばそれは〝ありえない〟と頭から否定してはいけないものだ。大丈夫、もしもヒバリが何かを間違えてしまったとしても、私がいるのだから何も心配する必要はない。思う通りにしなさい。それが正解だ』
いいね、と言ってプツリと通信が切れる。視線の先にある画面が真っ暗になって、ヒバリは小さく息を吐いた。そして首元をトントン、と指で叩く。
(了解)
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