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第113話
「……ヒバリ様は、大丈夫ですか?」
ポツリと無意識に零した言葉に凪はハッと口元を抑えた。何を深入りしようとしているのか。
「いえ、差し出がましいことを申しました。忘れてください」
申し訳ない、と深く頭を下げる凪を、ポリーヌは静かに見つめている。ほんの少しの沈黙に彼女が何を思ったかなど凪にはわからない。だがポリーヌは顔を上げるように言ってロールを床に下ろした。
「どうぞこちらへ。ヒバリ様はお会いになることを拒絶なさったりしませんから」
促され、凪は思わず寝室に向かう扉を見た。主人に是非を聞くこともなく、しかも寝室に通して良いのか? と僅かに警戒するが、ポリーヌは何も思わぬようでスタスタと寝室に足を進めている。ロールも我先にと駆け出した。ここで帰るのもかえって問題かと思い、気が進まぬながらに凪も寝室へ向かう。ポリーヌが開いた扉の向こうに足を踏み入れれば、そこには一人がけのソファに座るヒバリの姿があった。足元で戯れ付くロールを抱き上げ、その頭を撫でる姿はどこか緩慢に見える。その姿から少し視線を逸らせた時、凪は思わず息を呑んだ。
ヒバリの前には小さなテーブルがある。その上には花瓶やティーポット、カップといった置かれていて不思議でない物は何一つとしてなく、ただ粉々に砕け散った透明な何かがあった。おそらく先程凪が聞いた音の正体はこれだろう。しかしポリーヌの言うように、確かにこれはディーディアが用意した調度品や嗜好品といったものには見えない。ただのガラスだ。そして横に置かれたハンマーを見るに、きっと不注意ではなくヒバリが意図的に何かをハンマーで割ったのだろう。だが、その意図を何一つとして凪は察することができない。ヒバリはいったい何をしているのか。
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