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第121話
「その情報とてもう十分かと。いかに此度の件が複雑とはいえ、ウォルメンであるヒバリ様が危険とわかりながらそこまでなさる必要性を感じません。すでに毒だとわかっていながら酒を飲まれたのですよ? さらに必要でございましょうか?」
あの日、凪が危惧したように〝天国のような酒〟には、ただの酒を天国にするだけのものが入っていた。おそらくはそう多く無い。二滴か三滴程度だろう。ヒバリはそれが入れられていることも、それが何であるかも知っていた。知っていたと言っても知識だけのことだから、薬――毒が効いているように演技するのは賭けでもあったが。
元々ヒバリがウォルメン閣下の側を離れることに反対していたポリーヌであったが、今回異物が混入されているとわかっていて酒を飲んだことがよほど不満らしい。常に穏やかな彼女にしては珍しく、強い口調でヒバリの帰国を勧めている。しかしヒバリはどうしても頷けない。あるかどうかも定かではない未来が脳裏にチラついて離れないのだ。
「全てを揃えてディーディアに渡さなければ意味がない。今のものだけでも事態は収束するかもしれないが、多くが巻き込まれる。それは違うのだとわかっていながらただ見守るのも、最悪の可能性が残っているとわかっているのに最善を尽くさず帰国するのも嫌だ。それをしたら最後、きっとあの腕の中ですら俺は安寧を得ることはできなくなる。永遠に囚われるなら、今ここで多少の無理をしてでも納得できる形で終わらせた方がいい。けれどポリーヌに迷惑をかけたいわけじゃないから、ロールを連れて先にセランネへ帰国してもいい。俺も、彼も、誰もそれを責めることはしない」
なぜならそれがヒバリの命令だと、誰もが知るからだ。
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