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第142話
「……夫人のお心遣いには感謝します」
凪が思ったことを、おそらくはヒバリやポリーヌも感じたのだろう。どこか張り詰めたような空気を、ヒバリの言葉が破る。その声は今まで通り淡々としていた。
「ではひとつ、お聞きしても?」
首を傾げたヒバリに、ツバキはもちろんだと頷いた。それをチラと見て、ヒバリは手にしていた小瓶をほんの少し揺らす。
「これを飲んだら、夫人はよく眠れるのですか?」
その問いかけにツバキは柔らかな微笑みを見せた。
「ええ、夢などみないほどグッスリと」
「……ヒバリ様?」
ツバキたちが退室してからずっと、真っ赤な小瓶を見つめ続けるヒバリにポリーヌは声をかける。チラと視線を向けたヒバリであったが、その瞳がポリーヌではなく、その腕に抱かれているはずのロールを確認したことは長い付き合いである彼女にはわかっていた。
ロールは構ってもらえないことを察したのか、それとも飽きたのか、すでにポリーヌの腕から離れて寝室のベッドに潜りこんで眠っている。その小さな姿が側にないと理解した瞬間、ヒバリはおもむろに真っ赤な小瓶の蓋を開いた。香りも何もないそれを持ち上げ、上向いたヒバリは開いた口の上で小瓶を逆さまにする。
「ヒバリ様!」
ポリーヌが怒ったように叫ぶが、時すでに遅く。小瓶の中身が二滴、三滴とヒバリの舌を跳ねた。転がる雫に意識を集中させるが、特に味を感じることはない。匂いも、味も、刺激もない。ただの水を含んだ時と同じだ。これならば飲み物だろうが料理だろうが混ぜたところで誰も気づきはしないだろう。そんなことをツラツラと考えていれば、ヒバリの手から小瓶がひったくるようにして奪われた。上向けていた顔を戻して見れば、明らかに怒った様子のポリーヌが小瓶を握っている。
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