156 / 159
第156話
(……?)
一瞬、あの長身の男が凪に視線を向けたのかと思った。しかし彼は先程と同じような笑みを浮かべながら隣にいる王子と話していて、凪の方を見ている様子はない。しかし視線は確かに中央から感じていて、ほんの少し首を傾げた凪はハッと気がついた。
長身の男ではない。彼のすぐ横、頭ひとつ分以上低いそこから黒い瞳が凪をジッと見つめている。貴族のお目当ては長身の男であって黒髪の男ではないのか、彼は誰とも話をせず、ただ唇を閉じたまま静かに凪を見つめていた。よくよく見れば彼の腰には長身の男の腕がしっかりと回されていて身動きが取れそうにない。逸らすこともなくジッと凪を見つめているのだから何か用があるのだろうかと考えたが、すぐにそれは無いだろうと思い直した。
兎都の者に比べてなお小さな彼の太腿くらいしか背のない、まだまだ言葉だって知らぬことの方が多い子供に何の用があるというのか。
貴族の世界は地位と身分と財力、そして歴史がすべてだ。凪は貴族の令息ではあるものの、それだけしか持たない。彼がジッと見ているのは独り外れる子供が珍しいのか、あるいは自分たちに関心を持たないなど無礼だとでも思っているのだろう。わざわざ近づいてそれに何かを言う必要はないし、凪がしなければならないこともない。ただ何もなかったかのように受け流せばよいのだ。しかしこうもジッと見られていては落ち着かない。キョロキョロと視線を彷徨わせても皆が客人に集中していて助けてくれる者はいなさそうだ。
小さくため息をついて、凪はジュースのコップを持ったまま開け放たれた庭に出た。灯りはあるものの薄暗くなっている庭ならばあの視線から自分の姿を隠してくれるだろう。両親も兄も客人に夢中だから凪のことなど気にも留めないはず。ただただそう思っただけの行動だった。
ともだちにシェアしよう!

