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第209話
「しかしそれは単なる言葉の違いでは? 単純に消滅したことを〝奪った〟と表現しただけ、という可能性も十分にあると思いますが」
人が違えば表現の仕方も変わる。言葉一つだけで断定するのはいかがなものかとサーミフは言うが、しかし閣下は首を横に振った。
「私とてその可能性を考えなかったわけでは無いが、五百年ほど前に発見された石板で覆されている。随分と損傷が激しくて学者たちも苦労していたが、それでも読み解くことができた。そこには〝私が楽になるために、友は必要のない苦しみを受け入れた。友よ、あなたが苦しむと知っていたなら、私は永劫にこの苦しみを抱えただろうに〟とあったそうだよ。つまり兎都の者たちは只人の苦しい記憶を奪い、自分の中に納めたということだ。それならば兎都の者が記録を残せなかったのも頷ける」
なにせそれが自分の記憶か他人の記憶かがわからなくなるからだ。きっと兎都の者はいつ、誰から、どんな記憶を奪ったのかを正確に覚えていたことだろう。しかし奪った記憶は感情的で、まるで本当に己がそれを体験したかのような気になる。まして彼らは幾つもの前世の記憶を有しているのだ。
奪った記憶、前世の記憶、そして今を生きる記憶。全てがごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。
彼らにとって不幸だったのは、その記憶が思い出そうとした時に思い出せるようなものではなく、ふとした瞬間、本人の意思に関わりなく記憶が押し寄せてきたことだろうか。
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