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第210話
「彼らは記憶を、それも苦しい記憶を奪う。記憶というものは本来曖昧なもので、時が過ぎれば自然と消えていくものだ。だがそれでも残る記憶というのは一種の役割を担っていると言って良い。そのひとつに教訓、警告というものがあるだろう。例えば海や河で溺れれば命が危ないのだから、その経験をした者が水を恐れても仕方がない。それは命を守ることだからだ。なら、その記憶を奪い身に宿した者はどうなるのだろうね?」
もしもそれが本当であるなら、水を恐れた者もいるのではないか、とサーミフは思う。そしてこれはひとつの例えに過ぎない。彼らが本当に記憶を奪ったというのなら、その苦しい記憶は一つや二つではないだろう。
「覚えておくということは必要なことだよ。けれど、忘れるということもまた、生きていくうえでは必要なことだ。まして前世まで覚え、そしてさらに他者の記憶まで抱えたというのなら、苦しまないでいられるだろうか。そんな彼らにとっての救いが、それだった」
それ、とウォルメン閣下はサーミフが持つ小瓶を指差した。
なんの色も匂いもない、水のような液体。これが、救い。
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