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第212話
「それが原因かはまだわからないが、少なくとも今を生きる兎都の者は総じて忘れっぽくなっている。とはいっても、それはほんの少しだ。大切な記憶は残っているし、数年前の記憶が全てなくなっている、というわけでもない。だが力を失ったという証拠としては十分だろう。力を失ったというのに、身体は毒を毒と認識し、蝕まれる。だから兎都の者たちはそれを消し去ることにした。それは特殊な環境でしか咲かない花から採れる滴なのだそうだよ。その花の特徴も、必要な特殊な環境も、現時点では何もわかっていない。なにせ彼らは子孫を生かすために資料となるものを何も残さず、そしてその花を燃やし尽くしたそうだから」
花びらのひとつでさえ残らないよう焼き尽くした。もう決して悲劇を繰り返さないと決意して。
「それでも、これは今現在こうして私の手元にある。つまり、閣下の言う特殊な花は、残っていたと?」
サーミフが手の中にある小瓶を揺らす。チャプ、と揺れた滴の先に、どうしてか凪の姿が見えた。
「人の業というものはどこまでも深く果てしないと思わないかい? 自分と同じ形をし、同じように言葉を持ち、同じように心を持った者たちが泣こうが苦しもうが関係ないんだ。自らの利益のためなら殺すことも生かすことも容易くできる」
なぜならそれで苦しむのは、悲しむのは、自分ではないのだから。
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