229 / 241

第229話

 もう少しで完全に扉が閉まるその瞬間に、中から声が響いた。決して大きくはない、むしろか細く消えてしまいそうだというのに、その声はやけに二人の耳に響く。まるで縛り付けられるようにヒバリの手が止まった。チラと見ればヒバリは心配になるほど顔を青ざめさせている。その額からは汗がつたった。 「……おねが、い……、まって……、たすけて……」  中から懇願するような声が聞こえる。今、不用意に誰かと接触するのは危険だ。声の主がヒバリと凪を攫った者の仲間ではないという保証もない。それは言葉に出さずともヒバリも凪もわかっていた。わかっていて、けれどヒバリの手は動かず、凪は衝動を抑えることはできなかった。  ヒバリの手を握って扉から離し、代わりに凪が押し開ける。開けた瞬間にぶわりと襲いかかってきた霧に眉根をよせ、ヒバリからもらったハンカチで口と鼻を多いながら中に入った。手を引かれたヒバリもまた扉の向こうへと足を踏み入れる。  先程まで凪とヒバリが入れられていた部屋と同様、そこには家具も窓も何もなかった。無機質で寒々しい床には薄汚れたワンピースを着た女性二人と、小さな子供が横たわっている。その様子に凪は目を細めた。しかし何かを考えようとしても防ぎきれぬ霧が凪の思考を奪い取ってしまう。徐々にボンヤリとしていく意識の端で、ヒバリが動いたのを感じた。

ともだちにシェアしよう!