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第233話
彼の本心など凪にはわからない。わからないが、なぜだかそう確信さえ抱く。
子供をしっかりと抱きながら前に進むヒバリを見つめる。彼が言った、〝俺は、もう後悔したくないから〟という言葉が耳について離れない。それこそが、ひとつとして知ることのない彼の本心なのではないかと、だから、だか、ら――、
「止まって、静かに」
数歩先を歩いていたヒバリが急に足を止める。ヒバリの声にどこかへ飛んでいた思考が戻って、凪もハッと慌てて足を止めた。ヒバリは前を睨みつけながら何かを探るように耳を澄ませているが、あいにくと凪には何も聞こえない。より正確に言うなら幾つかの扉から漏れ聞こえる悲鳴やら物音やらでかき消され、音を判別できない。しかしヒバリは何かを感じ取ったのだろう、片手で子供を抱き直すと凪の手を掴んだ。そしてそのまま近くにあった扉に耳を当て、すぐに中へ入る。幸いにもそこは物置だったようで人の気配はなく、暗い中をどうにか歩いて積み上げられた箱の隙間に身を隠した。
「何があっても静かに。いいね?」
ヒバリが腕の中の子供に言い聞かせる。緊張ゆえか、それとも生来の性格ゆえか、子供は不安そうにするもののコクコクと頷いて両手で口を覆った。
悲鳴が漏れ聞こえていることからも薄々察してはいたが、建物内は完全な防音ではないのだろう。しばらくすると凪の耳にもわかるほど足音と話し声が聞こえてきた。それはどんどんと近づいてくる。そしてガチャリと、部屋の扉が開かれた。
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