258 / 258
第258話
「お? 別嬪さんが逃げてきた」
カチャ、と扉の開く音に振り向いた見張りの男はヒバリの姿を見た瞬間にフッと笑いを零した。その顔には見覚えがある。ヒバリが目をつけていた店で、よく話しかけてきた男だ。確か、絵に描かれた天国だと言って酒を進めてきたのも、夜道でヒバリと凪を攫ったのも彼だった。
「ふふ」
トロンと蕩けた瞳はわざとに、ふわふわとした笑みは自然とこぼして、ヒバリはゆっくりと男に近づいた。
この男も、ヒバリをニヤニヤとした目で見てくる二人の男達も単純なものだ。単純な見た目だけでヒバリを兎都の者だと決めつけ、少し瞳を蕩かせて、足元がおぼつかないというように歩けば、あの霧のような薬に酩酊していると思い込んでいる。だからこそ、彼らは今だにヒバリの正体を正確に掴めておらず、ただマークしていた凪のおまけで捕まえることができたラッキーな獲物としか思っていない。もう少し頑張って調べれば凪とヒバリは所属する国すらも違うのだとわかるだろうに。
「こんなところまで来るとはなぁ。鍵が壊れてたか?」
立ち上がった男はヒバリに近づくと、その頬に触れた。その手に頬を擦り寄せるふりをして、そっと視線を滑らせる。
手にはナイフ。机の上に拳銃。近寄ってくる男達はナイフではなく拳銃を手に持っている。つまり、逃げる上で面倒なのはナイフを持つ目の前の男だけ。
ともだちにシェアしよう!

