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第260話

 ――四十。  そっと、瞼を開く。時を数えるように子供の背を撫でていた手を止め、凪は顔を上げた。カタカタと震える小さな身体を落とさぬよう、今一度強く抱きしめる。凪の動きに気づいたのだろう、腕の中の小さな頭がふわりと揺れ、その瞳で見上げる。  涙で潤んだ、その大きくて丸い瞳。本来なら親の腕に抱かれ穏やかな眠りについている頃だろうに、見知らぬ腕に抱かれ身体を震わせている可哀想な子供。だというのに、必死に耐えて耐えて、凪やヒバリの足を引っ張らぬようにと歯を食いしばっている、健気に過ぎる子供。この小さな存在を、確かに元の世界へ帰してやりたいと思う。きっと今頃親も心配していることだろう。この子が安心できる腕に。それは決して偽りの感情ではない。だが凪の脳裏に蘇るのは、どうしてかこの子を見つめたヒバリの瞳だった。  ゆっくり、慎重に立ち上がる。決して音を立ててはいけない。子供を腕に抱きながら、そっと、そっと扉に近づいた。おそらく音が出ないようにと思ったのだろう、ヒバリが完全に閉めなかったおかげで隙間から向こうの様子を見ることができる。  視界を頼りとするなら、室内にいるのはヒバリと男三人だけ。中には拳銃を持っている者もいるようだが、全員がヒバリの周りを囲んでいてそれ以外に注意を払っている様子もない。これならば、なんとか音をたてずにそっと出て、彼らの死角を移動すれば玄関扉まで辿り着けるかもしれない。 「いくよ。しずかにしててね」  囁くように言えば、子供はぎこちなくもコクリと頷いた。その温もりをしっかりと抱いて足を踏み出す。  その時、大きな影が視界に映った。 「おい、そこで何してんだ」

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