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第279話
「後のことは何も気にしなくていい。私が迎えに来たんだ。もうずっと、私が側にいるよ」
だからおやすみ、と閣下はヒバリの額にそっと口付けを贈る。怖い夢を見ないようにとおまじないをするかのように。
「セオ……」
ぽつりとヒバリが零す。それに笑みを深くして閣下はその身体を抱きしめた。その絵画のような光景からサーミフは目を逸らす。そして車は静かに煌々と灯りのついた病院の門をくぐった。
白亜の宮殿に相応しい真白な花を背に笑う母を見て、あぁ、これは夢なのだと凪はすぐに気がついた。
懐かしい柔らかな桃色の衣装が母の動きに合わせてふわりふわりと翻り、宝石のついた華奢な髪飾りがシャラシャラと鳴った。その唇は淡い桃色で色づき、細い指には可愛らしい指輪が光っている。
陽の光の下で、母は笑っていた。天使のように清らかで美しい笑顔を浮かべながら、その唇で凪を呼ぶ。ゆっくりと近づけば、母は嬉しそうに一枚の皿を差し出した。そこには艶やかなフルーツがふんだんに使われたタルトが一切れ乗っていた。柔らかな線で淡い花の描かれた皿と相まって、なんとも美しい一皿だった。きっと銀のカトラリーで一口含めば、そのタルトもまたなんとも言えぬ美味しさだったことだろう。
美しい宮殿のような屋敷。
美しい宝石の散りばめられた衣装。
贅を凝らした美しい食事。
穏やかで優しい、陽だまりの時間。
あぁ、だから、これは夢だった。
ありし日の記憶を辿った、今はもう無い、夢だ。
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