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第285話
ピクリ、と瞼が震えた。視線を向ければ、サーミフはただ静かに侍従長に目配せをしていた。そこに怒りも呆れも失望も見えないと思うのは、心の奥深くに沈めたはずの願望が透けているせいか。
「……知って、おられたのですね」
母ツバキとヒバリが密通している。その噂はあちこちに広まっていたからサーミフの耳にも入っていておかしくはないが、それを凪が気にしていることまで知られているとは思っていなかった。ならば、今回の失態の理由が何であるか知られているも同然だろう。
「…………もうしわけ、ございませんでした」
ヒバリの調査に付き合うように。それはサーミフが凪に下した命令だった。ヒバリもそれを承知しているし、大きく見れば凪の行動はその命令に従っただけで謝るようなことはない。無いと、言い訳できた。けれど凪はそうではないことを知っている。
あの時、サーミフの命令など頭になかった。ただひたすら私欲のために動き、そして意図しなかったこととはいえヒバリの注意を自分に向けてしまい、こんな大事になった。
いつかはあの場にも警察か兵士が押し寄せていただろう。だがそれは決してあの時のように時間に追われ、ヒバリの命を危険に晒すようなものではなく、事前の情報収集と万全の対策を立ててから行われるはずだった。
すべてはそれを行なった犯罪者が悪い。それはそうだろう。けれど、ヒバリが傷を負ったのは、兵士たちが危険に晒されたのは、自分のせいだ。
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