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第319話
「記憶を消せるというのはとても魅力的だというのに、ままならないものだね。普通の者には毒となり、ヒバリのような命の危険を考えなくて良い者にはそもそも効かないなんて。御伽話のようなものは存在しないということかな。ま、私が言っても説得力の欠片もないけれど」
それはそうだろう、とサーミフも苦笑する。なにせ目の前に座っているのは、不老不死などという御伽話を現実にしている男なのだから。
「あぁ、そうそう。ままならないで思い出したよ。君にひとつ言っておかなければならないことがあったんだ」
悲しいものだと苦笑していた閣下が、突然思い出したように顔を上げた。スッと立ち上がり、部屋の隅に置かれていた机の上から絹に包まれた何かを取る。そして大切そうに両手で持ちながらソファに戻った。
「凪殿はヒバリを気遣って黙っていてくれたようだが、その一件が君の凪殿に対する疑いを強めてしまったのではないかと、報告を聞いて案じていたんだ。こちらの私情に凪殿を巻き込むのは申し訳ないからね」
閣下に対し、凪を疑っているのだと口や態度に出したことはない。しかし閣下は当たり前のようにそれを把握していた。そしてまだ詳細はわからないが、サーミフが強く凪を疑った一件があることも知っているときた。どのようにしてその情報を得たのか気になるところだが、閣下はのらりくらりと躱して明言することはないだろう。流石は悠久の時を生き、影の王とまで呼ばれる御仁である。
そんなことをつらつらと考えているサーミフなどお構いなしに、閣下はテーブルの上にそっと何かを置いた。そしてゆっくりと包んでいた絹を外す。中から出てきたのは手のひらにスッポリと収まる程度の小さなガラス玉だった。それも見るも無惨と言いたくなるほど無数にヒビが入っている。否、そんな生やさしいものではない。むしろ一度砕けたものを無理矢理に繋いで円形に戻したような。そんな歪さだった。
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