322 / 336
第322話
「擬似的に?」
サーミフの呟きに閣下は静かに頷いた。歪なガラス玉をそっと、そっと撫でる。
「物理的に心を壊すことはできないからね」
人間の体内から〝心〟を取り出すことはできない。だがヒバリは取り出してグチャグチャにしたかったのだ。そうすれば心は消え去って、苦しみや痛みといったすべてから逃れられるような気がして。
「痛みも、悲しみも、絶望も。抱えて生きていくのはとても苦しい。それがいつ終わるとも知れぬとあっては、逃げたくなるのも当たり前のことだろう。だが逃げ方がわからない。器用に生きろと他人は言うかもしれないが、そんな方法を知っていたならとっくの昔にそう生きていただろう」
心というものは厄介で、言葉でいうほど簡単なものではない。
忘れろと言って忘れられるものではなく、
考えるなと言って思考を切り替えられるものでもない。
むしろずっと、ずーっと追いかけて、へばりついて、離れない。
だからヒバリは壊そうと思うのだ。
ガラス玉が砕け散れば、苦しみを訴え続ける自分の心も解放されるような気がして。
「今回は仕方のないこととはいえ、私から離れている時間が長かったのと、調査するには何も考えなくて良いなどと言ってはいられないからね、それで自分を保つために街で買ったガラス玉を砕いたんだよ。その割れる音で凪殿が様子を見にきたそうだ」
ヒバリもポリーヌも詳しい話などはしていない。ゆえに凪はヒバリの抱えるものも、ガラス玉を割るという行為の意味も知らない。だがきっと、何かを察したのだろう。凪は確かに、サーミフに報告しないという形でヒバリの心を守ろうとしてくれたのだ。
ともだちにシェアしよう!

