328 / 336

第328話

「殿下、私は……知っていました。望月が、よからぬことをしていると。もちろん、それが他国に及ぶものだとは思ってもいませんでしたが、少なくとも、望月が破滅の道を辿ろうとしていることは、知っていました」  知ったのは偶然だった。きっと夫人は書斎に入ってはこないだろうと油断したのか、あるいは知られたとてかまわないと思っていたのか、今となってはわからないが。夫人はあの日、見てしまった。机の上に置かれたままの書類。そこに、良くない噂を持つ貴族の署名が入った、契約書を。 「望月は、良い人です。良い人ですが、それゆえに疑いというものを持ちません。誰に対しても、何に対しても、博愛主義者と言うべきでしょうか。ゆえに、どれほど危険だと言っても、それは噂にしかすぎないと、問い詰めた私に彼はとても素敵な理想を持っているのだと、まるで盲信するように語っていました」  何もかもが甘い人だった。凪の兄にあたる子の母親もさんざんあの人を利用していたというのに、あの人は素敵な人だったと、良い人だったと言うような、そんな人だった。  あの人はツバキに対して何か苦言を呈したり、怒ったりするような人ではなかった。そういう面では、優しい夫だと言えただろう。だが、ツバキはそれだけを見て、それだけを信じることは、できなかった。 「もう駄目だと、悟ったのです。だから、実家にお願いして金子を用意してもらい、遥か遠く、この地へ凪を連れて逃げました」  もともと家同士の結婚だった。だから実家に願って離婚やその他諸々の手続きをしてもらい、法的に他人となってツバキは逃げた。

ともだちにシェアしよう!