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第332話

「……殿下にとって、私は良い母親とは思えないのでしょう。私も、自分を良い母親だったと、胸を張って言うことはできません」  いつだってそうだ。大きなことから小さなことまで、振り返っては後悔ばかりしている。 「私は愚かですが、殿下のお立場も、自分の立場も、それくらいは理解しているつもりです。殿下が私の言動すべてを信用できないと断じても、私は仕方のないことと思いましょう。ですが殿下、ただひとつ、これだけは信じて欲しいものが私にはあります」  自信などない。胸を張って正しかったのだとも言えない。けれど、それでも、たったひとつ、 「今まで多くの選択に迫られ、その都度何かを選び取ってきました。殿下、私はあの子が――凪がこのお腹の中に宿ったその瞬間から、一度だって選択の時にあの子を思わなかったことはありません」  それだけは、唯一言い切れる。 「側から見れば間違いだったのかもしれない。後悔が無かったかと言われれば頷くことなどできません。ですが、凪の命を、幸せを、願わずに選び取った選択など一つもない」  そっと、無意識にツバキの手が己の腹を撫でる。  ここに、宿ってくれた子。この腹で育て、産み、この腕で慈しんだ子。大きくなって、物理的にその手は離れたのかもしれない。それでもずっと、ずっと、この腕に抱きしめていた。 「あの子がこのお腹に来てくれたその瞬間から、私は凪の母親です」  一瞬だって、それを辞めたことなどない!  真っ直ぐに、恥じるものなどないとツバキはサーミフを見上げる。その瞳の熱さを、サーミフは静かに見つめた。 〝サーミフ〟  そっと、瞼を閉じる。名を呼ぶ声が、聞こえる。 「……信じましょう」  その思いだけは、一雫の歪さもなく、純粋なものだと。  言って、サーミフは足を踏み出した。夫人の横を通り過ぎる。これで話は終わりだという明確なそれに、夫人はただひたすら、願うようにその背中を見つめ続けた。

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