345 / 354
第345話
「足を治すためにも安静にしていて欲しいが、退屈ならば何か持ってこよう。食べたいものでも良い。何かあるか?」
凪は罪人ではないのだ。サーミフとて監禁したいわけではない。本でも嗜好品でも、それで気がまぎれるならと言ってみるが、凪はひどくゆっくりと首を横に振った。どことなく瞳がぼんやりしているように見えるのは、気のせいだろうか。
「……いえ、何も。……お気遣いだけ、ありがたく……」
ぼんやりと、凪の瞳が虚空を見つめる。思わず、サーミフの手が凪の頬に触れた。
「疲れたか?」
触れた頬は冷たく、温もりを感じない。
「……そう、ですね。なんだか、急に、力が、抜けてしまいました……」
言うなり、はぁ、と凪はため息をついた。身体の中の重だるい何かを吐き出そうとしているかのようなそれに、無理もないとサーミフは瞼を閉じる。
「なら少し眠れ。今は身体を休める時だ」
起きたら、何か甘いものでも届けよう。そう言って立ち上がるサーミフに、凪はゆっくりと頷いた。もう一度手を伸ばし、凪の髪をそっと撫でてサーミフは部屋を出る。パタンと閉まる扉の音を、凪はボンヤリとした思考の中で聞いた。
「……おわっ、た……」
ぽつりと、零れ落ちる。
全てが明らかになったわけではないとサーミフは言ったが、それでも凪の中で何かが終わったような気がした。ずっと、ずっと張り詰めていた何かがプツリと切れる音がする。やけに耳に残る、かそけき音だった。
「おわった……」
ぽつりと、無意識にもう一度呟く。
もう大丈夫だと、心のどこかで確信が生まれた。
今回の件は何一つとして凪の想定したものではない。おそらく、サーミフはまだ凪に話していないこともあるだろう。しかしわかっている範囲でも、母の罪は重かった。母どころか、凪やナイーマも処刑されておかしくないほどに。しかし、サーミフは母を罪に問わないと言い切った。この国の法を司る王子が断言したのだ。そこに誰が絡んでいるかなど凪が深入りすべきことでは無い。大切なのは、この局面でさえも守られたなら、この後も母やナイーマは守られるだろうということだ。――凪が気をまわさずとも。
「……おわった」
柔らかなベッドに、身体が沈み込んでいくような感覚がする。瞼が重くて、もう開いているのすら億劫だ。
終わった。守るべき使命も、返すべき恩も、もう、終わった。
ゆっくりと瞼を閉じた。ほぅ、と小さく重い息をつく。
やっと、おわった。
ともだちにシェアしよう!

