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第361話

 コツリ、コツリと自らの静かな足音が耳に響く。騒がしい宮殿の奥から少し遠ざかった回廊で、サーミフは一人小さくため息をついた。  現実は物語のようにはいかない。単純な動機であったとしても年月や規模によって絡まった糸のように解くのが困難になってしまう。焦って解こうとして引っ張ってしまえば、ギチギチに締め付けられた糸は硬い結び目を作って解けなくなってしまうだろう。だからといって本当の糸のように切ってしまうこともできない。今できる事としてウォルメン閣下に花の男爵と望月当主の情報は共有したが、相手は兎都で、サーミフと閣下はディーディアとセランネだ。国を超えることは意外に難しく、時には全てをわかっていながら指を咥えて諦めるよりほか無いこともある。例え相手が、サーミフの欲しがっている情報を持っていたとしても。それは常に覚悟しなければならないことだとサーミフは己を戒めるが、漏れ出るため息は抑えられそうにない。 (せめて解毒剤が見つかるか、完成してくれれば良いんだが)  獄舎で受け取った報告書には、彼らが凪を警戒して酒に数滴の毒を入れていたと書かれていた。凪の報告に抜けがあったのは、彼が意図的に隠したわけでも、元々の物忘れが出たわけでもなく、仕組まれていたことだったのだ。それを見抜けず、もしやと疑った自分を覚えているサーミフは再び小さくため息をつく。何度息を吐き出したところで過去は変えられないが、止める術を持たなかった。 「殿下」  幾度目かと数えることすら馬鹿らしいため息を呑み込んだ時、柱の影からサーミフを呼ぶ声が聞こえて足を止める。チラと視線を向ければ、凪が来るまで侍従長が可愛がって仕事を教えていた側仕えの男が隠れるようにして立っていた。視線だけで続きを促せば、彼は小さく頷く。 「医師より言伝です。ナギ殿がほとんど食事に手をつけません。何か彼の好物をご存知ないか、と」  ピクリと、サーミフの指先が跳ねる。  凪が食べない? 「わかった。すぐに行く」  小さく告げれば、彼は再び頷いてスッ、と影に隠れた。それを見ることもなくサーミフは踵を返す。響く足音は先程よりも早かった。

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