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第362話
「ずっと寝ているか、ボーッと空中を見ているかなんですよ。それが悪いとは言いませんけれどね」
サーミフの姿を見て早々にそう告げたのは部屋の扉の前に立っていた無愛想な医師だった。彼はペラペラと検査結果が書かれているのだろう紙を捲りながらほんの少し目を細める。
「検査結果も異常はないですし、薬の副作用も考えたんですけど、流石にそれだけではないでしょう。ま、寝たりボーッとする分には構いません。あくまで、数値上は、ですけど。でも食べないのは問題です。回復するものも回復しない」
だから好物を知らないか、と彼は問いかける。肉でも魚でも果物でも、何でも良いからと。
医師が言わんとしていることをサーミフも理解している。過去を掘り起こすように瞼を閉じた。
凪は実に立派な使用人だ。主人の前でそうそう食事などしない。思えば共に食事をしたことなどなかった。
だが、子供の頃ならば、何度か見たことがある。彼の好みが今も同じかどうかはわからないが、今のサーミフにはそれくらいしか思い出せるものはなかった。
このディーディアで、あの子が口にしていたもの。熱を出した時、唯一自ら食べていたのは――、
「桃、だったか」
「桃、ですか?」
眉根を寄せた医師にサーミフは頷く。そう、あれは桃だ。
「ああ、確か、兎都から取り寄せたら、それだけは幾つか食べていた」
熱が出ている時に食事なんかできない。そう侍従長に教わったサーミフが桃を取り寄せたことがあった。特に凪の口から好物だと聞いたわけではない。ただ単純に果物ならと思ったのだ。水気があって、喉越しも良いだろう。兎都のものならば口に慣れているかもしれない。そんな単純な理由で桃を取り寄せて、それを渡した。
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