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第363話

「好物かは未だにわからないが、手配しよう。桃はディーディアでも人気ゆえ、すぐに手に入るだろう」  それがきっかけとなって、少しは食べられるようになると良い。そんなことを思いながら、凪の様子を見ようと扉に手をかけたサーミフに、医師は感情の読み取れない視線を向けた。 「殿下、知ってますか?」  零される問いにサーミフが動きを止める。ついと医師を見た。その視線を受け止め、医師は遠くを見るように高い天井を見上げる。 「医学で身体を治すことは論理上可能です。でも生きる気力を失った人間は、時にその論理をも壊してしまうのですよ」  気持ちというのは存外侮れない。そう、まるで天気の話をしているかのような軽さで告げた医師に、サーミフはただ視線を向ける。医師もそれを感じ取っているのだろうが、彼は気づかないふりを選んだようだ。その様子に小さく息をつく。再び扉に手をかけた。 「知っている」  呟いて、静かに扉を開く。今度はサーミフが向けられる視線を背に、振り返ることもなく室内に足を踏み入れた。  知っている。人の感情というものは、大きくその身を左右させる。それが良い方に向かえば嬉しいことこの上ないが、そうでない場合も往々にしてあることも、知っている。  サーミフの脳裏に、幾つもの顔が浮かんだ。今も地獄の中で生きる者。すでに儚くこの世に存在しない者。立ち上がった者。崩れていった者。 〝サーミフ〟  声が聞こえる。その一人だった、あの人の声。  あぁ、知っている。身を蝕むもの。濁流のような感情は、苦しければ苦しいほど制御が効かない。  知っている。知っていた。  そして今――、 「ナギ、起きているか?」  ――思い出した。

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