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第364話
動けないのは不便だ。ほんの数歩ですら自分の意思で動くことができない。そんなことを思いながら、凪はぼんやりとベッドの上から少し離れた場所にある窓を眺めていた。
特に面白いものがあるわけではない。鳥も虫もおらず、ただただ広がる空と緑があるばかりだ。しかしそこが唯一変化のある場所で、凪の馴染んだものだった。
サーミフが気を遣ってくれたのだろう、彼の妃のためにある部屋は限られた者しか入ることはできず、外の声もあまり聞こえてこない。それゆえに毎日毎日聞こえていた美女たちの声も、こちらの素性を笑う声も、視線も、何も感じない。それはとても嬉しいことであるはずなのに、静かな空間にいると自分の声がいやにうるさいのだと凪は知った。
ここに訪れるサーミフの言葉を思い出すに、彼は母や自分を罰する気はないようだ。母は自覚どころか自分の意思を奪われた状態であったがゆえに、凪の全てはサーミフの命令であるがゆえに。つまり凪が最も恐れていた事態は起こらず、それどころかこうして労働を免除され手厚い看護を受けている。
幸運だと、思うべきだろう。サーミフが頑なな人間であったなら、凪は今こうしてのんびりとベッドに横たわっていることなど許されなかったのだから。けれど、どうにも心が凪いで仕方がない。そんなところで名前を体現しなくてよいのに、なんて思うけれど、そんな自分の思考に笑う気力さえ湧かなかった。
(何のために、か……)
ポツリと、零れ落ちる。
何のために、この痛みを耐えているのだろう。何のために、この凪いだ心を押し込めようとしているのだろう。
(誰の、ために……)
問いかけるのに、その答えが思い浮かばない。
今までは即答できたというのに。
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