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第369話
「王女様?」
どうしたのかと問いかける侍従長に、ナイーマは何度も何度も口を開いては閉じた。ギュッと唇を噛む。それを何度か繰り返し、そしてようやく彼女は顔を上げた。
「まだもう少し、いてはダメ?」
嫌だ、離れたくないと叫ぶ心を抑え、なんとか言葉を紡ぐ。
「それは……」
「だって、せっかく会えたの。お父様は、お部屋から出ちゃダメって言うの。お母様とは会えるけど、お兄様の所は遠いからダメだって。おかしいわ。だって今までだって私はお兄様に会いにこれたのに」
その言葉の意味を凪は理解できなかったが、サーミフは容易に察することができた。毒の存在を知って、父王は過敏になっているのだろう。解毒剤も見つからぬ今、最愛の妻と娘に何かあっては恐ろしいと。片時も目を離さず、不測の事態が起こらぬよう警戒しているに違いない。その気持ちをサーミフや第三夫人は理解できるが、何も事情を知らないナイーマからすれば窮屈以外の何ものでもないのだ。第三夫人がお茶をしようと言ったのも、そんな娘の気を紛らわせようとしてのことだろう。その娘が嬉しさのあまり兄を探しに行くことは想定外だったかもしれないが。
「ねぇ、ここにいちゃいけないなら出るわ。でも、お兄様がお母様の所でお休みすることはできない? 絶対に騒いだりしないって約束するわ。ほんの少し、お顔が見れるだけで良いの」
ただ側にいたい。ナイーマはそう告げた。息子である凪が母たるツバキの下で身体を休めるのはなんらおかしなことではない。少なくともナイーマの中では普通だった。そうすれば凪は母の温かな看病を受けることができ、母やナイーマは凪の側でその顔を見ることができる。普通で、誰にとっても良い方法に思えた。忙しいサーミフしか訪れる者のいない、静かな部屋よりよほど良いと。
ただひたすらに、自分が嬉しかったことを兄にもと思う少女は気づかない。兄の瞳が、静かに揺れていることを。
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