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第372話

「今日は料理長が良い桃を仕入れたと言っていてな。少し貰ってきた」  そっと、サーミフは侍従長が置いていった銀のトレーから桃を取り上げて凪に見せる。まるまるとしている薄桃のそれに、凪はほんの少し目尻を和らげた。 「あぁ、確かに良い桃ですね。きっと、とても甘い」  サーミフのために渡されたそれは、きっと一等瑞々しく甘いのだろう。果物を好むサーミフの口にも合うに違いない。そんなことを思っていた凪は、しかしサーミフがトレーから小さなナイフを手に取った瞬間にギョッと目を見開いた。 「殿下、お待ちを。もしかして……」  桃とナイフを持ったままキョトリと目を瞬かせるサーミフに凪は唇を震わせる。まさか、彼が自ら桃の皮を剥こうというのか? 「どうかしたか?」  凪が何を思って唇を振るわせているのかわからないサーミフは、首を傾げながらも桃の表面にナイフを当てた。その角度を見て思わず凪の口から「ヒャッ」と小さな悲鳴が零れ落ちる。 「ナギ?」  急に悲鳴を上げた凪に驚いてサーミフは手を止める。それにホッと息をついて、凪は先程までピクリとも動かせなかった身体を起こした。足に痛みが走らぬよう慎重に動けば、サーミフも桃とナイフをトレーに戻して凪の身体を支える。そして大きなクッションを背中に挟み込んだ。 「ありがとうございます」  痛みを覚えることなく起き上がれたことに凪は小さく息をつく。その様子を見ながら、サーミフは乱れた凪の前髪を撫で梳くようにして横に流した。 「それは構わないが、急にどうした? まだ桃を剥くには少し時間がかかると思うが……」  そんなに桃が食べたかったのか? とサーミフは無意識に目を瞬かせる。食欲が出たのなら何よりだが、なんてツラツラと考えていることなど知る由もない凪は小さく苦笑して手を差し出した。

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