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第373話

「桃なら私が剥きますから、貸してください」  サーミフは王子だ。威張り散らすこともなく話しかけやすくはあるが、生まれる前から人々に傅かれて生きてきた彼にとって果物は皮を剥いて綺麗に盛られてから差し出されるようなもので、決して自分で剥くようなものではない。武人として剣や銃の扱いに長けていたとしても、それはそれ、これはこれだ。おそらくサーミフに頼まれた料理長も侍従長や凪が剥くだろうと思って用意したのであって、サーミフ自身がナイフを使おうとするなどわずかも想像しなかったことだろう。  凪が痛めたのは足だ。正確には毒の霧も吸い込んでしまっているが、凪自身はあまりその弊害を感じていない。桃の皮を剥くくらい容易いことだ。だから自分が、と凪は当たり前のように手を差し出したが、サーミフは不思議そうに瞳を揺らめかせた。 「……ナギは今、療養中なのだから労働をさせるつもりは無いのだが」  今の凪は休むことが仕事だ。寝て、食べて、体力をつけて、回復したらリハビリをして、もう一度普通に立てるようにすること。サーミフにとってはその為の桃なのだ。決して凪に使用人としての仕事をさせようと思ったわけでは無い。 「桃くらい剥けるぞ?」  それは何も偽りではない。遥か遠く、封じ込めた記憶の中で、確かにサーミフは桃を手ずから剥いて差し出した。それを受け取ったあの人は、コロコロと楽しそうに笑っていた。笑いすぎて目に涙を浮かべながら、久しぶりに笑い声を響かせていた。  あの日から随分と時間が経ったが、同時に歳も重ねた。だからできるだろうというサーミフに、凪は困ったように眉を下げながら笑う。  どうしても先ほど見たナイフの角度が恐ろしくてならない。  さて、どうしたものかと頭は考え始めるのに、どうしてかその答えが出る前に唇が動いた。 「殿下がなさるより、私がした方が実は残ります」  王子に対して、それも気遣ってくれている相手に対して不敬極まりない発言。サーミフはほんの少し目を見開いて、次いで、ふ、と息を零した。 「それは確かにそうだな」  では頼もう、とトレーごと桃とナイフを渡す。それを受け取った凪は慣れた手つきで桃の皮を剥き、そしてトレーにあった皿に盛り付けた。

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