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第375話
ゆっくり、ゆっくりと果肉を食み、喉を通す。たった一切れの桃だというのに、どうしてか自らの腹がほんの少し温かくなったような気がした。無心で味わっていたからだろうか、気づけば閉じていた瞼をゆっくりと開く。何も変わっていないはずなのに、なんだかほんの少し世界が明るく見えた。
「殿下……」
ゆったりと余韻を味わって少し、凪はようやく自分が主人の前でモノを食べたことに気づいた。使用人として必要な時以外は決して見せぬ――否、見せてはならない姿だ。
やってしまった、と思う。いくらサーミフが凪の為にと言ったとはいえ、主人を差し置いて、それも最上であろう桃を食べるなど使用人として失格だ。過ぎたことを無かったものにはできないが、今からでも頭を垂れて失態を詫びるべきだろう。それが正しい。間違いを犯したのなら、いち早く詫びるべきだ。
だけど……。
「美味かっただろう?」
なんでも無いことのように、否、そもそもこの場に間違いなど起こらなかったかのようにサーミフは微笑んでいる。凪が桃を食べた事実を、喜んでいるように見えるのは錯覚だろうか。
ゆっくりと、凪は瞼を閉じる。
最初から、何もかもがおかしい主従だった。サーミフはサーミフの思惑があって凪を側に置いたし、凪もまたわかっていて、それでも自分の意思を曲げることも捨てることもできないからと、知っているという事実をひた隠しにして仕えた。信頼なんてものは無かっただろう。歪で、完全を目指してすらいなかった。
けれど――、
(わかってしまうもんだな)
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