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第389話

 パタン、と閉じられた扉を見つめる。室内には痛いほどの静寂が戻った。そっと、空になった茶器をトレーに戻し、王太子はクッションにもたれかかる。  静寂は好きだ。一歩外に出れば纏わりついてくる煩わしいモノすべてが取り払われて、やっと一人の人間になれるような気がする。だが、静寂は恐ろしいものだ。忘れ去ったはずの記憶が、遮るもの無しとばかりに時折押し寄せてくる。 〝誰かッ! 誰かいないのか! 母上がッ! 誰かッッッ!!〟  耳に届いた悲鳴。駆けつけた先で見た、声無き弟の慟哭。  あの時の後悔は、今もこの胸に残っている。きっとサーミフも、同じようにあの子に対しての後悔を抱き続けているのだろう。 「苦しいのは、辛いな」  それを理解しているがゆえに、サーミフは己の罪悪感を消すこともできない。  ゆっくりと立ち上がった王太子は部屋の隅にひっそりと、隠すようにしてある引き出しに手を伸ばした。そして一冊の、少し古びた本を取り出す。  硬い表紙に、薄いそれ。母がくれた――絵本。 「それでも私はな、サーミフ。お前が描く最後が、ハッピーエンドであって欲しいと思わずにはいられない」  思い出す。あの日、庭でポツンと佇んでいた小さな姿。兎都の者であるがゆえにディーディア人よりも小さい身体を震わせて、寄る辺ない様子で空を見上げていた。 〝ナギ。ナギ、どこにいる〟  何も知らない弟の声。その声が聞こえた瞬間、空を見上げているのに何も映していないようだった瞳に光が宿ったのを知っている。声の主を探す様にキョロキョロと頭を彷徨わせ、そして駆けていった、その姿。  きっと、弟は知らない。 「サーミフ、気づいておあげ。あの子が〝帰る場所〟と聞いて思い浮かべるのが、どこなのかを」  それがきっと、答えになる。  小さな笑みを浮かべ、そっと絵本の表紙を撫でる。  さて、と呟いて、彼は引き出しに絵本を仕舞うと、部屋にあるベルを鳴らした。すぐに扉が開き、王太子に付き従っている侍従が姿を現す。 「お呼びでしょうか」  頭を下げる彼に、王太子は向き直る。軽く衣装を整えた。 「父上にお会いしたいと伝えてくれ」  可愛い弟の小さな願いを叶えるために。

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