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第448話
彼が帰ってきたのならば感傷に浸っている場合ではないと、凪は車椅子を押して玄関に向かう。他の使用人たちと共に扉の脇に控え、片手でササッと衣服の乱れを整える。表にいる者たちが両の扉を大きく開いたのを見て、凪は静かに頭を垂れた。
「お帰りなさいませ」
合図などなくとも揃う声。最初は一人だけズレていたものだが、今となっては呼吸をするのと同じくらい当たり前にできる。それだけの年月が流れていたのだと少しばかり自嘲していれば、いつの間にかサーミフが凪の目の前まで来ていた。
「医師から凪は動き回っていると報告が来ていたが、本当のようだな。休んでなくて良いのか?」
そう言って、サーミフはポンポンと優しく凪の頭を撫でた。顔を上げると黒曜石のように美しい瞳が優しげに凪を見ている。その瞳に凪の心はグニャリと蠢いた。
(ごめんなさい……)
ポツリと、無意識に胸の内で呟く。その声なき声が聞こえたわけではないだろうが、サーミフは小さく首を傾げ、そして苦笑した。
「おいで。お茶にしよう」
いつもと変わらぬ声で、いつもと変わらぬ言葉。それがどうしようもなく凪の胸を締め付ける。
「では、ご用意いたします」
声が震えぬよう唇に力を入れて、凪はいつも通りの笑顔を見せた。でもそれは長く続かないとわかっていたから、クルリと車椅子を動かして不自然にならぬようサーミフから顔を背けた。その背中をジッと見つめる視線にも、オロオロと視線を彷徨わせる周りの困惑も、普段通りを装うのに必死だった凪は気づかなかった。
茶を淹れ、茶菓子を用意するほんの少しの間に気持ちを落ち着けなければと、凪は何度も何度も深呼吸をする。大丈夫、きっと隠せる。
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