480 / 501

第480話

「ちがう……。嫌いだなんて、綺麗事。そんなに綺麗なものじゃない。綺麗な言葉で飾ってはいけない」  ポタリ、ポタリと止めどなく雫がこぼれ落ちる。  なぜこんなにも感情が制御できない。さっきまで普通だったじゃないか。  いつものようにサーミフの世話をして、いつものように言葉を交わして。絵本だって、ちゃんと――。 「――ッッ」  何かを求めるように目を開いた瞬間、凪は思わず息を詰める。誰もいないはず、ここには凪とサーミフ以外誰もいないはずなのに、目の前に小さな子供が立っていた。  クルクルとした黒い癖っ毛、灰色がかった瞳、小さな身体に纏うのは、兎都の貴族が好むもの。 (あぁ、そうか……)  子供が微笑む。何も知らぬ無邪気な笑顔を凪に向ける。 (これは、僕……)  あの日、捨て去ったはずの子供。きっとあの絵本の王子様を理解できなかっただろう、幸せな、子供。 (だから、こんなにも苦しい……)  今の凪は、目の前にいる子供ではない。あの幸せな日々を過ごした子供はもういない。だから、〝王子様〟の孤独を知る。どうしようもない、そのグチャグチャになってしまった心を。 「認めたく、ないだけ……誰を偽れても、自分だけは偽れない。ぼく――わたしは、殿下、認めたく、なかっただけ、です。あなたの前で、いや、誰の前であっても、見せたくない」  自分は綺麗な人間だと思いたいから、綺麗な言葉を並べる。善を口にする。そんな自分を、目の前の自分が見ている。

ともだちにシェアしよう!