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想うが故に交わらない2
繁華街の路地裏を逃げ出し、自分の住む安アパートまでどうやって帰ってきたのかはよく覚えていない。
通りに面した階段を駆け上がり、部屋に入ると鍵をかけ、顔を洗い汚れた服も脱ぎ捨てて、スマホの電源を落として布団をかぶって全てを遮断した。
とんでもないことをしてしまった。
自分のせいではない、体質のせいだ、と醜く言い訳したがる心を押し留めながら、頭を抱える。
目をきつく閉じても逃れることのできない、あの時の彼の驚愕の表情。
「……最低だ……」
今まで、ギリギリだったとはいえ、衝動に抗えなかったことはなかったのに。
相手の体の自由を奪い、発情を促す異形の業を使ってまで、あんな……。
「(もし、月瀬さんだから我慢できなかった、とかだったら、俺は……)」
彼は真稀にとって特別な人ではあったが、欲望を抱いていたわけではない。
月瀬からの連絡を楽しみにしていたのは確かで、簡潔だが気遣いを感じる文面や、厳しそうな口元が微かに和らぐ瞬間を、他の誰にも感じたことがないくらいに好ましくは思っていた。
だが、それらは全て、母子家庭で育ち、それまで年上の男性が身近にいなかったために抱いた憧憬だろう。
欲しい、などと欲望を感じたことは、一度もなかった。
「(どっちにしても、普通に犯罪だよな……)」
どれほど言い訳を並べてみても、真稀の事情は月瀬には関係ない。
……いや、自ら保護者を買って出たのだから全く無関係ではないのかもしれないが。
だとしても、真稀が(たとえ信じてもらえなくとも)最初からきちんと事情を話していたら、そもそも後見人の話はなかったことになっていたかもしれないし、やはり彼は被害者だろう。
「(許してもらえなくても……ちゃんと謝らないと)」
軽蔑されただろうと思うと身の竦む思いがするが、このまま布団をかぶっていれば時が解決する類のことでもないことは分かっている。
真稀はとりあえず身を起こして、深呼吸をしてからスマートフォンの電源を入れた。
幸い……というべきなのかはわからないが、他ならぬ月瀬のお陰でここしばらく真稀を苦しめていた飢餓感は消えている。
立ち上がった画面には、予想はしていたが月瀬からのメッセージが届いていた。
震える手でアプリを開くと、いつもと同じ、簡潔な文面が表示される。
『君の事情に不躾に踏み込んでしまって気分を害しているかもしれないが、とにかく話がしたい。
話ができる状態になったら顔を出してくれ。
外で待っている。』
「…………っ外!?」
この真冬の深夜に外で!?
慌てて立ち上がり、ほとんど反射的にドアを開けた。
「月瀬さんすみません……!」
夜の闇と、錆びついて今にも折れてしまいそうな手すりをバックに立っていた彼に、地面にめり込みそうな勢いで頭を下げる。
「俺、あの……さっきは……!」
頭を下げたまま言葉を探していると、気まずげな咳払いが聞こえ、思わず月瀬の顔を見た。
「……とりあえず中に入れてもらっていいだろうか。あと、君は何か着た方がいい」
「…………え…………?」
困ったような声音を受けて見下ろした自分は、ほぼ肌色だ。
・・・・・・・・。
そういえば、服を脱ぎ捨てたことを忘れていた。
どうりで寒いと思った。
……とか呑気に思ってる場合じゃない!
更に罪を重ねてどうするんだよ俺……!
「す、すみません!」
真っ赤になった真稀は、慌てて部屋の中へと引っ込んだ。
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