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想うが故に交わらない3

 適当な服を手早く身につけ、月瀬を招き入れる。  彼が部屋に上がるのを一瞬躊躇ったのは……たぶんまたあんなことをされないかと警戒してのことだと思う。  絶対に何もしないと約束するべきだろうか。  否、これを機会に月瀬が後見人を辞退するというのならば、その方が都合がいい。  そう悲壮な覚悟をして、下手に潔白を主張せず、ただ中へと促した。  空調を入れる余裕などなかったせいで室内は冷え切っていて、吐く息が白いほどだ。  室内だからだろう、月瀬が律儀にコートを脱いだので、真稀は慌てて空調を入れた。  座布団もない1Kの部屋で、小さなローテーブルを挟んで座る。  月瀬は怒っているというよりは考え込んでいる風で、真稀は何はともあれ謝罪を重ねた。 「さっきは本当に……不快な思いをさせてしまってすみませんでした。しかもこんな寒空の下でお待たせしてしまって……」 「相変わらず……娯楽のない部屋だな」 「え?」  謝罪に対しての返答ではなかったので、意味をはかりかねて聞き返してしまう。  ……が、月瀬からは特に発言に対する説明はなく。  彼はいったい何を考えているのかと怯む真稀の瞳を、深い、漆黒の瞳が覗き込む。 「先程のことは……君が望んでやっていたことか?」 「え、あ……の……」  嘘をつき通すにはそうだと頷かなくてはならなかったのに、真剣な瞳に気押されて、真稀は言い淀んだ。  しまったと思ったが、月瀬はそもそも相手の返答を必要としていなかったのか、軽く首を振ると一人考え込む表情になる。 「私にはそうは見えなかった。君はずっと年頃の若者らしい娯楽も求めず、真面目に倹しく生活していたようだし、……ならば真面目な人間を演じすぎて抑圧された心がああいう気晴らしを求めるようになったのか? ……それもあまり当てはまらないように思える」  急に始まった分析に口をはさめず、真稀の背中を嫌な汗が伝った。  頭がおかしいと思われても、真実を話すべきなのだろうか。  真稀が望んでやっていたことではない、と思ってくれていたのだという事実が、少しだけ背中を押す。 「あの……月瀬さん……」 「私は、君が本当に望むように生きて欲しいと思っている。君のお母さんもそれを望んでいるだろう。そのために力になれることがあるのなら、何でも話して欲しい」  続いた言葉に、冷水をかけられたかのように頭が冷えた。  そうだ。  月瀬は別に真稀個人への好意からここまで親身になってくれているわけではない。  母への恩があるから、こうして気にかけてくれているのだ。  どうして忘れていたのか。  月瀬は出会ってからほとんど母の話をしなかった。  ……だから、勘違いしていたのかもしれない。  俯いて、膝の上の手をぐっと握りしめる。  次に顔を上げた時には、きちんと笑顔を作れたと思う。 「ありがとう、ございます」  逃げずに、言うべきことを言わなくては。 「あんなことをした俺に、月瀬さんがきちんと事情を聞こうとしてくれたこと、すごくありがたいと思います。……でも、ごめんなさい。今はうまく話せる自信がないので、聞かないでいただけると助かります」  真稀が話をする気がないことが伝わったのだろう。  一つ息を吐いた月瀬は「わかった」と頷いた。 「今は聞かない。だが、事情を聞かせてもらえない以上は、君の保護者として深夜に繁華街をうろつかないようにと注意させてもらう」  なかったことにして、後見人を続けてくれるらしい。  真稀の胸中で、彼との関係が終わりにならなかった喜びと落胆が、複雑に絡み合う。 「君にとって私が見知らぬ他人であることはよく承知している。……だが、本心から力になりたいと思っている人間がいることを、どうか忘れないで欲しい」  そう言って立ち上がった月瀬を見送ることもできず、真稀はただ俯いていた。  そんなにも母から受けた恩は重いものなのだろうか。  閉ざされたドアが彼と自分の心を隔てるもののようで、拒んだのは自分のくせに、身勝手な心が悲しみを訴える。  もうこれ以上彼を巻き込みたくないという気持ちと慕わしい気持ちとが混ざり合って、部屋の中で一人、真稀はぎゅっと胸を押さえた。

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