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いけないと知りつつ、求めた1
あれは、二度目に食事に連れて行ってもらった時だったと思う。
夏の終わりだった。
暑さが少し和らいで、昼よりも夜に鳴く虫が多くなってきた頃のこと。
都内のホテルで四川料理を食べ終えると、月瀬が車で家まで送ってくれると言う。
ここから真稀の住むアパートまでは電車で三十分もかからない距離だ。
手間をかけさせてしまうのは申し訳ないと遠慮しようと思ったが、もう少し月瀬と話していたい気持ちが湧き上がり、結局お願いしますと頭を下げた。
月瀬は無駄なことは言わないが、口数の少ない人ではない。
言うべきことを言い、聞くべきことを聞く。
会話が途切れても、月瀬が話題を振ってくれるため気まずい思いをすることはなく、普段はできるだけ人と疎遠でいるようにしていた真稀にとって、彼は母が亡くなって以来唯一、対話を楽しめる相手になっていた。
滑り出した車が駐車場を出たあたりで、少し緊張しながら助手席に座る真稀に月瀬は「今日は折角の休日に呼び出してしまってすまなかったな」と謝った。
「急な連絡になってしまったし、無理なスケジュール調整をさせたりはしなかっただろうか」
彼はいつも、神経質なくらい真稀の予定を気遣ってくれる。
真稀はとんでもない、と首を横に振った。
「大丈夫です。休日は大抵家にいますし、むしろ月瀬さんの方がお忙しいだろうに気にかけていただいてありがとうございます」
「……君は普段休日には何をして過ごしているんだ?」
大抵家にいるというところを気遣われてしまったのだろうか。
何故だか少しひそめた声で訊ねられて、真稀は一生懸命休日の自分の行動を思い出す。
「そう…ですね……。家事をして…勉強をして…日用品を買い足したり……?」
「……それは今時の男子高校生の一般的な過ごし方か?」
「ええと……」
恐らく違うだろう。
クラスメイトは放課後や休みの日にどこかに遊びに行く約束をしたりしていて、たまに真稀も誘われるが、これまで応じたことはなかった。
誰かと一緒にいることは、素直に好きだと思う。学校でも全く孤立しているわけではないし、近所の人と立ち話をすることもある。
幼い真稀に家事を教えてくれたのは、当時住んでいたアパートの近所の人達で、人の縁がどれ程大事なのかは、何なら普通の家庭で育った子供よりもわかっているつもりだ。
ただ、特定の人間と深く関わることは避けなければならない。
自分の身の安全のためというのはもちろんのこと、相手のことも巻き込む可能性があるのだから。
そのため、休日は大人しく家にいることにしている。
「えっと、月瀬さんは学生の時、お休みの日にその頃流行っていた遊びとか、何かしていたんですか?」
あまり家にいる理由についてつっこまれても困るので逆に問い返すと、月瀬は虚を突かれたように固まった。
「……………………いや。……………………していないな……」
その、『相手につっこんだ手前物凄く考えたけど思い浮かばなかった』というような間が。
自分よりもずっと年上の人にそんな風に思うのも失礼かもしれないが、なんだかかわいくて。
「……そんなに笑わなくてもいいだろう」
憮然とした声に何とか笑いを収めつつ「すみません」と謝る。
「やっぱり、学生の本文は勉強、ですか?」
「まあ、そうだな。空いた時間は読書ばかりしていたと思う」
真面目そうな見た目を裏切らない青春時代だ。
「俺も……本は好きです。色々なことを知ることができるし」
娯楽としてというより、自分がヒトとして逸脱していないかを確認するために必要な情報源です、という本当の理由は言えないけれど。
「……そうだな。本はいい」
柔らかい同意をくれた、微かに口角を上げた横顔が優しくて。
真稀は何だか落ち着かない気持ちになって視線を前に向けた。
ああ、既にこの時には。
彼は真稀にとって特別な人になっていたのだろう。
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