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いけないと知りつつ、求めた2
週末の歓楽街。
夜だということを感じさせないほどの明るさと賑やかさだが、そこには人の持つ暗闇や欲望が渦巻く。
覗けば覗き返してくる闇が、そこかしこの路地裏の暗がりに広がっている。
「相変わらずすげー上手だね。よっぽど好きなんだな、コレが」
男は息を荒らげ、揶揄と共に跪いた真稀の髪を掴んだ。
「っぐ……」
無遠慮に喉奥まで押し込まれむせそうになっても、欲しいという飢餓感の方が勝り、体が自然にそれを受け入れてしまう。
今はとにかく欲しくて欲しくて、たまらなかった。
例え「恩人の息子のため」だったとしても、自分のことを気にかけてくれる月瀬に対して、忠告を無視する形になって申し訳ないと思う気持ちはある。
だが、発作のようにやってくる飢餓感を気力で紛らわせられたのは、ほんのわずかな時間だった。
飢えるまでの時間があからさまに短くなっていくことに恐怖感をおぼえながらも、少しでも本能に天秤が傾けば、足は夜の街へと向かってしまう。
より良い場所を探す余裕もなく、前と同じ場所に立ってすぐに「よかった、また会えた」と寄ってきた男の顔を真稀は覚えてはいなかったが、今はそれすらもありがたかった。
口内を満たすものが震え、喉奥に注ぎ込まれる白濁。
空腹が満たされる悦びを感じることを疎ましく思う心すらも今は遠く。
「……ホント、良かったよ」
精気が体に吸収されるのをぼんやりと感じていた真稀の頭を、その男は馴れ馴れしく軽く叩いた。
少しだけ正気が戻ってきて「どうも」と小さく返す。
「あの、じゃあ、お金を……」
特に金は必要としていないのだが、初めての客に無料でいいと伝えたところ訝しがられたので、それからは取ることにしていた。
「そのことなんだけどさ、今、仲間も呼んだから、みんなで楽しまない?必要ならカネも払ってやるけど、カネなんかいらなくなるくらいいいもんあげてもいいよ、君になら」
「絶対ェハマるからさ」と、男は意味深に笑う。
それが、非合法の何かなのだろうと予想はできたし、もちろん興味もない。
まして多人数に寄ってたかって輪姦されるなど御免こうむりたい以外の何物でもなかった。
何のために恋人……『特定の供給源』を作らずにいるのかといえば、『食事』として以上の行為をしたくないからだというのに。
「すみません、俺、今日はもう帰らないと」
必要なものはいただいた。金など貰わなくてもいいのだ。
真稀は踵を返そうとして、しかし強い力で腕を引かれ、そのまま壁際に強く押し付けられる。
「待てよ」
「っ…………」
至近の、エモノのカラダ。
ドクン。
鼓動が大きく音を立てる。
収まったはずの飢餓感がまたぶり返し、正気を霞ませた。
「はは、何その顔。帰るふりなんかしちゃって、ほんとは期待してるんだろ?あれだけ上手いんだから後ろも使えるよな。……楽しもうよ」
力が抜けて、これは本格的にまずいと理性が警鐘を鳴らすが、本能はただ飢えを癒すことを欲して呼吸が乱れた。
「へー、そいつ?」「わりとかわいいじゃん」「ま。たまには男もいいか」
数人の足音と声が遠くに聞こえる。
アルコールの香りが、鼻をついた。
「んじゃ、行こっか」
「っや…………」
どこかに連れ込まれたら容易に逃げられないだろう。
抗おうとする真稀の頭の片隅で「もういいんじゃないか」という声がする。
結末はともかく腹だけは満たせるだろう。
ならばもう、それでいいのではないか、と。
どうせ、この業からは逃れられない。諦観に囚われかけたその時。
「何をしている」
低い声音が、堕ちる寸前の真稀の耳を打った。
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