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いけないと知りつつ、求めた4
翌日、事情はどうあれひとまず飢餓感は治まったので登校した。
早朝、ベッドの上で目覚めた時には月瀬の姿はなく、ローテーブルの上に書き置きがあった。
曰く『ゆっくり休むように』…………。
几帳面に並ぶ文字を何度も目で辿ってから、真稀は頭を抱えた。
前回は売り言葉に買い言葉だったとか、なんとなく理由付けができたような気もするが、二回目ともなるとどういうことかと普通は考えるだろう。
真稀が話せないと言ったから聞かないでいてくれている?
そこでふと、母の体質について知っていた、という可能性があることに思い至った。
そうするといろいろ辻褄は合う。
……父親である可能性も俄然高まるのだが。
実父であった場合、より一層色々とまずい気がする。
後見人にまでなっているのに、父親であることを明かさないのはつまり、明かしてはまずい事情があるからだ。
「(迷惑だけはかけたくない……どうしたらいい?)」
悩みながらキャンパス内を歩いていると、この後同じ講義を取っている知り合いが声をかけてきた。
「千堂、もう体調大丈夫なのか?」
「うん、なんとか」
心配かけてごめん、と笑って見せたが、相手は安心しなかったようだ。
「あんまり顔色良くないけど……」
彼は真稀の顔を覗き込むと、言葉を切った。
「お前さ……」
「何……?」
「ちょっといいか?」
唐突に腕を掴まれて生徒の行き交う廊下を横切る。
「あの、もうすぐ講義始まるけど、どこに……?」
「………………」
応えない相手に何か嫌な感じがして、止まってもらおうとしたが力が強く、振り払えない。
引きずられるようにして連れてこられたのは、使用されていない教室だった。
男は鍵をかけると真稀を床に引き倒し、明確な意思をもってのしかかってくる。
「何、を」
「俺にこうされたくて出てきたんだろ?大人しくしてろよ」
「そ、そんなわけ……!」
何を言うのかと睨みつければ、そこには真稀のことなど目に入っていない、明らかに正気ではない欲望に濁った瞳があった。
ぞっとした。
さほど親しくもなかった相手を豹変させてしまう己の存在の業の深さに。
滅茶苦茶に暴れ、なんとかして男を振り払うと、真稀は大学を逃げ出した。
恐い。
通い慣れたキャンパスも、誰もが見知らぬ人に見えて恐ろしかった。
アパートの部屋へと戻ってきた真稀は、いつかのように布団をかぶって全てを遮断した。
もう何も考えたくなかった。自分の体のことも、これからのことも。
絶望しかけた心に、力になりたいと言ってくれた月瀬の言葉が浮かんでくる。
彼は、こんな当事者でもわけがわからない事態に、一体どんな風に力になってくれようというのだろうか。
安定した供給源になってくれる?あるいは心療内科にでも連れて行ってくれる?
そんな社会的リスクを負わせたくはないし、医療で解決できる問題とも思えない。
できることなどあるはずもないのに。
真稀は丸まって目を閉じて心を閉ざした。
……このまま、存在ごと消えてしまえればいいのに。
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