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いけないと知りつつ、求めた5

◇  遠い、異世界で。  村の人たちに『魔王』と呼ばれていたそのひとは、深い闇の色をしていた。  自分は目がほとんど見えないので、顔立ちはわからない。  落ち着いた低い声と、時折不器用にそっと頭を撫でる手が心地よかった。 『私はただの管理者だから、君の目や体の傷を治してやることができないのが悔やまれるな』  この世界の人たちを助けるために人柱になるんだから別にこのままでも何の問題もないと告げると、彼に悲しみの色が広がった。  どうしてこのひとは、こんな自分を犠牲にすることを惜しんでくれるのだろうか?  よくわからないが、きっと、とても優しいのだろう。  最期にこんな優しさを向けてもらえるなんて、そして誰かのために役に立つことができるなんて。  自分はなんて幸せなんだろうと思った。  失わせることもわからずに、最初のうちは笑っていられた。  彼が、 『君のような人こそ生きるべきだ。私の力をすべて開放すれば、この世界を……そう、君が生きている間くらいは生き永らえさせられるだろう』  ……そんな風に、言い出すまでは。 ◇ 「………………」  暗い部屋の中で覚醒して、自分が眠っていたことに気づいた。  いつもの、夢。  小さい頃から何度も見る悲しい結末のファンタジー。  何かに影響されたのか、幼少期にその類のものを熱心に読んだ覚えもないのに、リアルな五感を伴ってそれなりの頻度でやってくる。  夢の中の自分の視覚と聴覚は、幼い頃から受け続けた虐待のせいでほぼ失われていた。  一人で生活していけるのは、温度や物質の核の持つ色を感じ取ることができるという、いかにもファンタジーな能力のおかげのようだ。  夢の世界ではそれが普通、というわけではないようで、その能力のせいでヒトとは違う存在として疎まれている。  現実のことを考えると、夢でくらい一般人でいさせてくれてもいいのに、と、思わず文句を言いたくなってしまう。  そして、夢の内容はいつも同じだ。  ただ……、今回はラストの情景が少し違っていた。  曇りガラスのような視界が刹那クリアになり、手を伸ばす漆黒の『魔王』は……、月瀬の顔をしていた。  馬鹿な、と思う。ただの夢だ。  彼に出会う前から見ている夢だし、自分に優しくしてくれる人のイメージをただ重ねているだけだろう。  あまり心楽しい夢ではないが、夢の中の自分には、確かな存在理由がある。  綺麗な終わりもある。  一般的な幸せとは程遠いかもしれない。しかし、今の真稀からすれば羨ましいとさえ思えた。  自分をことさらに不幸だと思ったことはないけれど、今はただ苦しかった。  精気がなくては生きられない、ヒトとは違う体が。  ヒトと同じようにただ生きて行くということすらもままならない己が。  全ての事実が、真稀という異形の存在を否定しているように思えて。  八方塞がりな状況に追い詰められて、孤独で、苦しくてたまらなかった。 「月瀬、さん」  夢の中で優しくしてくれたひとと、力になりたいと言ってくれた月瀬がだぶる。  名前を口にしたら、泣きたいような、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって。  真稀は衝動的に、床に投げ出された鞄からこぼれ落ちているスマートフォンに手を伸ばした。  今、俺の部屋に来られませんか?  打った文字がトーク画面に表示されたと同時に、横に表示された現在時刻が目に入り、ギョッとした。  午前二時。  戻ってきたのは昼間だったはずだから、自分は一体どれほど眠っていたのか。  完全に頭が冷えて、取り返しのつかないことをしてしまったと慌てたが、パニックになっている間に既読がついてしまった。  仕方なく『すみません、寝ボケました』というフォローを入れてみても、それはいつまでたっても未読のままだ。  戯言だ、非常識な奴だと、怒って再び寝てくれたならそれでいい。  だが、果たしてあの生真面目な人がそんな風に考えてくれるだろうか。  電話をかけて来なくていいことを重ねて伝えるべきか、寝ていた場合それこそ迷惑ではないかと散々おろおろしていたが、いつまで経っても返信や着信などはない。 「(……当たり前か……)」  よく考えてみれば、いくら彼が優しい人でも、こんな時間のこんなメッセージを真に受けたりはしないだろう。  もしもここまで来るとしても、何事かと聞き返すくらいはするはずだ。  何を一人で勝手に盛り上がっていたのだろうと、真稀は額に浮かんだ汗を拭う。  嫌な汗をかいてしまった。シャワーでも浴びて、明日からどうするかを考えていかなくては。  そして、朝になったらもう一度月瀬に謝罪をしよう。  そんな風にようやく少し持ち直した真稀が、浴室へ移動しようと立ちあがった時。  外の階段を足早に上る音が聞こえ、ドキリとする。  このアパートでこんな時間に出入りするのはせいぜい自分くらいなのに。  刹那、母が死んだ原因が脳裏をよぎって、真稀は身を固くした。

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