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それはとても好きな音だった2
母が亡くなってほぼ丸四年後の深夜、否、もはや早朝に近い時間。
真稀は落ち着くと、母の死因、自分を淫魔だと言っていたこと、真稀も同じ体質だから人間の精気……つまり精液が必要で夜の街に立っていること、全てを月瀬に話した。
月瀬はこんな突拍子もない話を最後まで真剣に聞いてくれた。
あまり驚いた様子がないのは、気を遣われているのか、それとも知っていたからなのか。
月瀬と母の関係が気にはなるものの、今はそのことを訊ねるほどの心の余裕がなかった。
「君の話はよくわかった。覚悟がいっただろうによく話してくれたな」
ありがとうと礼を言われてしまい、とんでもないと首を振る。
「ずっと黙っていてすみませんでした」
頭を下げ、「後見人を辞退していただいても構わない」と、言葉を重ねようとしたところへ。
「……つまり『それ以上を求めない安定した供給源』がいれば当座の君の悩みは解消するということだな?」
……………………はい?
月瀬からの予想外すぎる質問に、否、音こそ疑問形ではあったものの、確信を口にしただけのように聞こえたが、とにかく想像だにしていなかった言葉に、真稀はぽかんと口を開けて固まる。
『実は母から聞いて知っていた』とか、『これ以上関わりたくない』とか、『理解はしたがとりあえず病院行け』とか、そんな拒絶や忠告はいくらでも予想していたが、こんな異常な話を受け入れた上でポジティブに解決策を提示されるだなんて、誰が思うだろう。
「ならば私でも君の役に」
「いや待っ…何を言おうとしてるんですか!」
真稀の混乱を気にもとめず、更に大変な結論に至ろうとしているのを慌てて止めた。
「……?……私は何か変なことを言っているか?」
言っていますものすごく言っています。
安アパートのラグもないフローリングに姿勢良く座る男は、自分が何を言っているかわかっているのだろうか。
母も風俗店で働くことで安定した供給源を確保していたわけで、今後真稀が社会生活を送る上では同じようにするほかないというのは自分でもわかっている。
しかし、何故月瀬も一緒になってこんなことを真剣に考えてくれているのかがわからない。
そのうちいい人が見つかる、なんて他人事の励ましならともかく、自らを犠牲にしようとしているのだ。
以前彼に対し「安定した供給源にでもなってくれるのだろうか」なんて考えたのは、あくまで自棄的な思考の産物であり、実現して欲しいと思ったわけでは断じて無いのに。
「その、今の話で俺が言いたかったのは、俺と関わることは月瀬さんにとってリスキーだっていうことで……」
「自分の決断の責任くらいは自分で取れるつもりだが」
「そ、そういう問題じゃ、なくて……」
「……無論、選択権は君にあるので、私を信用できなければそれでも構わない」
真稀があまりにも食い下がるからだろうか、月瀬はややトーンを下げてそんなことを言い出した。
「っそ、そんな言い方はずるいです……!」
「ずるい?何がだ?」
「そんな、だって……」
差し出された手を取らないことが、遠慮ではなく拒絶だと言われてしまったら、安易に放っておいて欲しいと言えなくなってしまう。
わからない。何故この人がこんなことを言い出すのか。
望むまいとする心を、どうして根こそぎ折ってしまおうとするのか。
後見人に、と申し出てくれた時は押し切られてしまったが、今度ばかりはただ流されるわけにはいかないのだ。
「……母は、妖魔を狩るハンターとかいう人間に殺されたんですよ……? 俺だっていつ狙われるかわからない。母への恩返しだというのなら、母は自分のしたことに見返りを求める人ではなかったし、俺も法的に成人には満たないとはいえ、もう一人で生きていけないほど子供でもない。……もう十分なはずです」
義務ならば、もう十分果たしてもらっている。
「……俺は、貴方を、社会的にも身体的にも危険にさらしたくないんです……」
項垂れると、膝の上で強く握った己の拳が見えた。
月瀬は、真稀にとって特別な人だ。
だからこそ、どうか思いとどまってほしい。
真稀が、本気で縋ってしまう前に。
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