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それはとても好きな音だった4

◇  呼ばれて、振り返ると。  かつん、と鳴った自分の足音が、慣れなくて少し驚く。  それは『魔王』の住むところにやってきてすぐのこと。  名前を聞かれたので、昔母親にそう呼ばれていたことを思い出して伝えると、彼はもうずっと呼ばれていなかったその名を呼んでくれるようになった。  マサキ、と。  低く落ち着いた声で呼ばれることは、とても気持ちがいいのだと知る。  聴覚は視覚ほど悪くなっていなくてよかったと、そう思いながら声の主の元へ歩いた。 「服は大丈夫そうだが、靴が合わないなどということはないか?」 「はい……不思議な感じがしますけど、大丈夫です」  名前を呼んでくれただけではなく、『魔王』は風呂や着替えを用意してくれた。  お湯で体を洗ったのは初めてだったし、きちんとした服を着たのも、靴を履いたのも初めてで、とても不思議な思いで真新しい布地をさわってみる。  恐らく上等なものなのだろう。さらさらとして、心地いい。  しかし、喜んでばかりもいられなかった。  自分は村の人達に『魔王』の『贄』になれと言われてここに来たのだから。  『贄』になるには綺麗に装う事が必要なんだろうか。  ここに来てすぐ、『贄』になるにはどうしたらいいのかと聞いたけれど、彼はまだその時ではないと言った。  早く村の人達の力になりたいのに。  逸る心のままに「その時というのはいつですか?」と訊ねると、彼は逆に問いかけてきた。 「君は、自分に暴力を振るい続けた人間達が憎くはないのか」  ……と。  憎い? そんな風に考えたことはなかった。  暴力に付随する怪我や痛みは、自分は『魔女の子供』だから、ヒトよりずっと治りが早いから怖くはない。  酷く殴られたことで失った視覚も、他の感覚で補うことができるから、そもそもいらないものだったのではないかと思っている。 「普通の人はそういう風に思うんですか……? だから、おれに暴力を振るった人達は、おれの反応が思ったようなものじゃなかったから、悲しい気持ちになっていたんですか?」  憎いと言うのなら、周りの人をそんな気持ちにさせてしまう自分こそ憎まれるべき存在だ。 「君は………………」  素直な気持ちを話せば、彼は悲しみの中に困惑を混ぜて絶句した。  やはり、自分は村の人達が言っていた通り、『災厄』なのだろう。  その時、というのが来てほしい。  そうしたら、きっとみんな安心して暮らせるようになるのに。  母親以外に初めて名前を呼んでくれた、この優しい『魔王』も。  このひとが、自分のしたことで幸せになってくれたら。  それはマサキにとっても、とても幸福なことだと思った。

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