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『魔王』の世界1
ゆるゆると死にゆく世界に、マサキは生まれた。
鈍色の空。風も太陽も既に滅びを受け入れたかのように弱々しく、大地はその体を震わせ、終末の恐怖を訴えていた。
水源は枯渇しどんな作物もよく実らず、生きものは皆わずかな恵みを奪い合うようにして生きている。
そんな終わりかけた世界では、生物は長く生きることはできず、マサキの母親もマサキが小さい頃に病気で死んだ。
マサキ、死んでは駄目よ、私たちには大切な役目があってね……。
母の口癖を今もよく思い出す。
マサキが住む森の近くにある村の人達が言うには、彼女は魔女だったらしい。
魔女が正確にはどういう存在か、それが本当かどうかもよくわからないが、自分もどうやらヒトと違うようだというのは育っていくうちにわかってきた。
村の人達には自然の声が聞こえたりしないし、魂が見えたりもしないようだった。
ある時、マサキを犯す村の男の背後に悲しそうな顔をした女性の魂が視えたので教えたところ、ひどく殴られてそれ以来視界は霞んだままだ。
マサキは『災厄』なのだと村の人達は言う。
村に災いをもたらすから、痛めつけるのだと。
確かに村の人達は自分を見ると嫌な気持ちになっていたし、そうではないという証拠は何もなかったので、マサキも「そうなのかもしれない」と思っていた。
『災厄』なのに殺されないのは、母の言っていた大切な役目があるからなのだろうか。
小さな頃から抱き続けていた自分が何者なのかという疑問。
その答えは唐突にやってきた。
ある日村長と村の男達に拘束されたマサキは、乱暴に馬車に押し込まれた。
今まで何をされても逆らった覚えはないのに、わざわざ拘束するのはなんでだろう。
不思議に思ってどこへ向かうのか聞くと、村長は話しかけられるのも汚らわしいと言わんばかりだったが、質問には答えてくれた。
「『魔王』の塔だ」
「『魔王』…………?」
『魔王』の塔というのは山の上に立つ黒い建物だ。村の人達が話しているのを聞いたことがある。
「お前は『贄』になるためだけに生かされていたのだ。皆の役に立つことを喜んだらどうだ」
「役に……立てる……」
言われた通り素直に嬉しいと思ったのに、村長は口元を綻ばせたマサキを気味悪げに一瞥すると黙ってしまった。
『魔王』。
聞いたところによれば『魔王』もやはり自分と同じように村に災いをもたらす存在らしい。
では自分は『魔王』の子供なのだろうか?
血が繋がっていなくても、同じ種類の生き物かもしれないと思ったらドキドキした。
『贄』が人柱のことだとは知っていたけれど、自分が『贄』になれば村の人たちの役に立てるのだ。
『災厄』の自分にも生まれてきた意味があるのかもしれないと思えば、何も怖くはなかった。
母の言っていた役目とはこれなのかもしれない。
マサキは少しだけわくわくしてきた。
やがて馬車は『魔王』の塔についたらしく、マサキは無造作に地面に放られた。
「お約束の贄をお持ちしました。これで我らのことはお助けください」
村長の厭わしげな声。
地面と衝突した痛みが過ぎ去るのを待ちながら馬車が遠ざかる音を聞いていると、門と思われる黒いものが動く気配がして、なんとか身を起こした。
硬い足音が聞こえてきて、ぼんやりとそちらに視線を向ける。
段々と大きくなる黒い影。
そこには、思わず息を呑むほどに強い哀しみと憤りがあった。
村の人達よりも、もっと深く、もっと昏い絶望。
見ているだけで辛くなるような色を、マサキはただ茫然と見上げていた。
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