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『魔王』の世界3

 翌日、『魔王』は「見せたいものがある」と、マサキを塔の上へ誘った。  不思議な感覚がしたと思ったら、最上階に着いたと言われて驚く。  確かに、周囲の風景は変わっているようだ。  一瞬で最上階に着いてしまったこともそうだが、マサキがもっと驚いたのは、そこが湖のような場所だったから。  扉付近の足場以外はすべて水で、壁のようなものがどこにもない。  天は空とも違う空間。無限に広がる水の上に、これまで見たこともない強い力を感じる何かが浮かんでいる。  塔の中にこんなにたくさんの水が?  見えているものがヒトと違うから、そう感じてしまうだけだろうか。  しかし、何度確認しなおしても、ここを室内と認識することはできなかった。 「ここは……、本当に塔の中ですか?」 「そうだとも違うとも言える。ここはこの世界の中心だ」 「世界の……中心?」  意味が分からず、マサキは首を傾げた。 「そこに浮かんでいるものが認識できるか?」 「強い力の塊みたいなものがあるのは、わかります」 「これがこの世界のコア。人間でいえば心臓のようなものだ」  思わず胸に手を当てる。  動物や草木の声を聞くことはあるけれど、世界にも心臓があるなんて。 「世界を維持するには、百年に一度コアが選んだ人間を捧げなければいけない。……忌まわしいシステムだな」  ようやく、彼が何を説明してくれているのかがわかった。  村の人達が言っていたことは本当だったのだ。 「じゃあ、世界を救うにはここに飛び込めばいいんですね」 「……今はその時ではない」  すっと気配を翳らせた『魔王』に、マサキはしょんぼりと肩を落とした。    何故、彼はマサキを『贄』とすることを厭うのだろうか。  相応しくないから? 「おれは本当に……選ばれた、人間、なんでしょうか。母親は、魔女なのに?」 「君にとっては残念なことに、確かに選ばれた人間だ。君の母親が魔女だと思われていたのは、選ばれし人間が持つ力が発現していたからだろう。万物から情報を読み取ることのできる力を、君も持っているな?」 「ヒトに見えないものが見えたり、自然の声が聞こえたりすることですか?」 「そうだ。コアの求める人間は無作為に生まれ、周期的にコアに必要とされない場合は血を残す」 「おれと同じ力を持つ人たちが他にも……」  マサキやマサキの母と同じ力を持つ人達なら、気味が悪いと思わずに優しく接してくれるのだろうか。 「いや……、今はもう君しかいない。昔は人々も異能の力を畏れ敬ったが、徐々に不吉なものとして迫害を受けるようになったため、皆命を落とした」 「そうだったんですね……」  少し残念だったが、自分が役に立てそうだということは確認できたので、マサキはほっとしていた。  だが、安堵しているマサキとは対照的に、『魔王』は苦悩を深くする。 「私は、人柱などなくても世界を存続させる方法をずっと探してきた。だが最近は……、本当にこの世界は存在させる価値のあるものなのか、疑問を感じている」 「どうして……ですか?」 「君への仕打ちや、絶えない争い、ヒトの際限のない欲望は、ただ醜く悲しい」 「でもみんな、争うことが好きなわけではないと思います。おれに優しくしたら他の人に怒られるのに、食べ物や傷薬をこっそり置いていってくれた人もいました。価値とか、理由とか、そういうのはわからないけど、おれは、みんなに生きていて欲しいです」 「………………」  マサキに優しくしてくれた彼が、どうしてこう思わないのか不思議だった。  彼には、もっと、 「それに、みんなが幸せになったら、あなたも幸せにならないですか?」 「……私が?」 「おれは、あなたに名前を呼んでもらってとても幸せな気持ちになりました。だからなにかを返せたらいいなって思って。みんなが優しくなれば、あなたも悲しまなくてよくなるんですよね」 「………………………………」  沈黙。  マサキの視界に映る色は複雑すぎて、彼がどんな感情を抱いているのか読み取れなかった。  マサキにはあまり込み入った感情はわからないけれど、それは怒りでも悲しみでもないように見えたのは気のせいだろうか。  その時、この世界の『コア』が一瞬輝きを帯び、凪いだ水面が、波紋を描いたような気がした。

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