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引き返せなくなる、1
夜明け頃、真稀が目を覚ますと、眠っていた時間が短かったせいか月瀬はまだ部屋にいてくれた。
いてくれたこと自体は嬉しいが、正直大変気まずい。
しかし、月瀬はあの通り何事に対しても冷静というか、こちらがちょっと不安になるくらい動じない人なので、真稀の方も気持ちを切り替えることにする。
「その……、よければ朝食でもいかがですか?」
申し出には快く応じてもらえたものの、よくよく考えてみれば真稀はここのところまともに食事をしていなくて、冷蔵庫を漁っても、卵とちょっとしなびた野菜、あとは冷凍の米と鶏肉としかなかった。
「(こんな微妙な量だと……刻んで炒めるくらいしかないかな……)」
一人暮らしなので、揃いの食器などあるはずもない。
迷惑をかけたお詫びだったはずが、むしろ誘ってしまったことを申し訳なく思いながら、手早く調理したチャーハンを皿に盛り、テーブルへと運んだ。
いただきます、と律儀に手を合わせた月瀬がチャーハンを口にするのを、ドキドキしながら見守る。
「……美味いな」
意外にも好感触で、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかったです。でも……、誘っておきながら大した食材もなくて、すみません……」
白米、みそ汁、焼き魚、卵焼きに漬物……とまではいかなくても、恐らくこの後仕事に向かうであろう月瀬に、もう少し栄養バランスの取れた食事を用意したかったのに。
しおれたが、「謝ることなど何もないだろう、本当に美味しい」と重ねられて、ソワソワしてしまう。
自分にできることで、月瀬に喜んでもらえていたらとても嬉しい。
真稀もようやく自分の分を食べ始めた。
「月瀬さんは、普段は食事はどうされてるんですか?」
「外食だな。昼は人と会うことが多いので、それで済む」
朝はコーヒー。夜は酒とつまみ程度だという。
意外だった。
今まで彼に連れて行ってもらったのは、料理人も食材も上質な店ばかりで、そういう場所を選ぶのだから食にはそれなりにこだわりがあるのかと思っていたし、真面目な人だから、自分の栄養管理などもしっかりしているかと思っていたのに。
「……食の重要性は理解しているし、同僚には人生の十割を損していると言われるが、こだわりがないのでどうしても優先順位は下がってしまうな」
真稀がものすごく驚いているので気まずくなったのか、月瀬はいつもよりも少し歯切れ悪く言い訳した。
それをかわいいなと思ってしまいつつも、唯一きちんとした食事が外食(しかも口ぶりからして恐らく接待やミーティングのおまけだ)なのは、少々心配だ。
さすがに、同僚の人の十割損は言い過ぎだと思うけれど。
この時の真稀は、気まずい経緯はともかく普通の食事ができるほどに復調していたのと、やはり経緯はともかくいつもよりラフな月瀬を前にして、少し気が緩んでいたのだと思う。
作ったものを美味いと褒めてもらって、少しいい気分になっていたのも確かだ。
「なら俺、作りに行きますよ」
その緩みが、こんな一言を口走らせた。
無論、冗談というか話の流れというか、適当に「そうだな、そのうちに」なんて言ってもらえればそのいつかを楽しみにしばらく頑張って生きていけるなあという、そんな軽い一言だったわけで。
「それはいいな。是非頼む」
力強く同意した月瀬が「なんならうちに越してくればいい。色々と都合もいいだろう」「業者を呼んで使っていない部屋を片付けさせておく」……と、いそいそ懐からスマホを取り出すに至って、真稀は自分の失言を理解した。
スプーンを置き、慌てて月瀬を止める。
「ま、待って下さい、冗談……、です、よね?」
「冗談? 何がだ?」
何を言っているのかわからない、そんな表情で首を傾げる月瀬に何と言っていいかわからず口ごもった。
言葉に詰まる真稀に、月瀬はハッとする。
「……ああ、そうか。いや、もちろん毎日食事を用意してほしいという話ではないぞ。料理は、君の気の向いたときで構わない」
「ち、違います……!」
「?」
「……引っ越す……とか部屋を用意……とか、」
「何か問題があっただろうか」
問題しかないと思うのですがどうですか。
話が噛み合わず、真稀は困り果てて眉を下げた。
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