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引き返せなくなる、2
月瀬は一体何を考えているのだろう。
全てを話したのだから、事情を知らなかった四年前とは違い、真稀をそばに置くことが彼にとって危険だというのはわかったはずなのに。
たどたどしくそれを伝えると、月瀬はしばし黙考したものの。
「セキュリティの面で言うならここよりも私のマンションの方がしっかりしているし、そのハンターとやらが本当に人ではない存在を殺して回っているなら、普通の人間が側にいる方が狙われにくいのではないか?」
という正論を展開してきて、またしても押し切られてしまった。
母が襲われたのは一人きりで自宅にいる時だったので、月瀬の言うことは一理ある。
だからといって、すぐに頷けるようなことでもなく。何とか断れないかと悩んでいるうちに、気付いたら引っ越しの日取りまで決まっている月瀬の交渉力は、以前言っていた『各方面への折衝』という仕事で培われたものなのかと無駄に納得……している場合ではもちろんない。
本当に困るのだ。
何故なら、嬉しいから。
ほんの少しでも彼の……大人の干渉を『鬱陶しい』と反発する気持ちがあれば断れたかもしれない。
だが、駄目だ。
朝、あれだけ気まずくても月瀬がいてくれてほっとしてしまったくらいなのだから、断りきれるはずもない。
こんな状態で月瀬の部屋に住まわせてもらったりして、そんな距離感ではたして自分は好きだという気持ちをどれだけ殺していられるだろうか。
まだ月瀬との関係については、真稀の中で未解決な部分も多いというのに。
そんな濃いやり取りの後、「それでは夜に」という挨拶で月瀬と別れ、狐につままれたような気分のまま大学へと向かった。
昨日の今日でまたあんなことがあったらどうしよう、という不安はもちろんある。
だが、高卒で働こうとしていたところ『勉強が嫌いでないならば行っておいて損はない』と進学を薦めてくれたのは月瀬だったし、入学した以上はきちんと卒業したい。
構内を歩いていると、件の知人が歩いているのが見えた。
避けて通れないとはいえ、どんな反応をされるかわからず身構えた、その時。
「なあ、ちょっといい? 次の講義の場所に全然たどり着けないんだけど、道教えて?」
ポン、と肩に手を置いて軽い調子で声をかけてきたのは、真稀より少し背の低い、見たことのない学生だった。
艶やかな黒髪は少し前髪が長めで、キュッとつり上がった瞳は大きく、一瞬少年のように見えたが表情にあどけなさはない。真稀よりは年が上だろう。
編入生だろうか。大学には色々な人が来るので、学生ではない可能性もあるかもしれない。
聞けば真稀と目的地が一緒なようだ。不思議に思いつつも案内がてら共に向かうことになった。
「いやー助かった。俺方向音痴でさ。あ、俺 鷹艶 。神導 鷹艶ね。お前は?」
「千堂真稀です」
「よろしくな、真稀」
思わず目を細めてしまいそうなほど眩しい、人懐っこい笑みだ。
ともすれば馴れ馴れしいともとれる態度なのに、全く嫌味がない。
真稀は血のなせる業か、夜の街でなくても同性から声をかけられることもあるが、そういう人間特有の欲望も一切感じられないので、話していて不安になることはなかった。
「場所がわからないってことは……鷹艶さんは編入生、ですか?」
「あー……。まあ、長い人生、色々あるよな」
しみじみとした一言に、今朝の青天の霹靂な展開を思い出し、妙にシンパシーを感じてしまう。
「そうですね」
思わず強く同意すると、鷹艶が吹き出した。
「お前いい奴だな。色々あるついでに、講義終わったらなんかメシ食えるとこまで案内してくれ」
真稀も素直に鷹艶がいい人だと思ったので、いいですよと笑い返す。
結局、彼とはそのまま昼食も一緒にとることになった。
印象的な出会いのお陰か、気付けば真稀は不安な気持ちを忘れていた。
ついでに、本日の帰還先が自宅ではないことも忘れていたのだが。
夕方が近付くと月瀬から『十九時頃には帰宅できそうだ。部屋も設備も全て好きに使ってくれて構わないのでゆっくりしていてくれ』という連絡が届いて、今朝のことは夢ではなかったかと、現実に引き戻されたのだった。
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