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引き返せなくなる、4
今朝のリベンジ、と思い張り切った夕食は、大変好評だった。
食器や調理器具も充実していたので、中々見栄えもいい食卓になったと思う。
揃いの食器が多いことに一瞬、誰かと住んでいたことがあるのだろうかという疑問が浮かんだが、邪推はよくないと深く考えるのをやめた。
メニューは金目鯛の煮付けに茶碗蒸し、千切りサラダには手作りの和風ドレッシングを添えて、かぶの味噌汁と白米。
料理は当時母と住んでいたアパートの近くにある商店街の人達に習った。
家事が壊滅的な母親に代わり、本当に小さい頃から家事をはじめたものの、家の中には聞ける人もいなければ教本もない。
仕方がないので食材を買いに行った先で情報収集をするしかなかったのだが、小さな真稀がメモを取りながら熱心に話を聞いているのが健気に見えたのかあるいは嬉しかったのか、みんなそれぞれに自分の持てる知識を授けてくれたため、一人で生きていくのに不自由しないだけの家事のスキルを身につけることができた。
そうして身につけた料理を母親以外の人に振舞う日がくるとは思っていなかったが、月瀬に喜んでもらうことができたので、頑張った幼い自分と、自分に優しくしてくれた人たちにも報いることが出来た気がして嬉しい。
食事を終えると、月瀬は家の中を案内してくれた。
好きに使っていい、と真稀のために用意された部屋は、あの安アパートの一室がすっぽり入りそうな広さで、ベッドにしても机にしても明らかに全て新品の物が揃っていて、正直目眩がした。
本当にこれは現実なのか。
まるで夢のよう……、
……そう、まるで『魔王』の塔に招き入れられた『マサキ』のようではないか。
とはいえ、月瀬は世界を管理している神がかった存在ではない。
……だろうとは思うが、『マサキ』ほどではないものの世知に疎い自分でも、これがちょっと金銭的に普通ではないのはわかる。
本当の本当に今更だが、月瀬は一体何者なのだろうか。
彼が勤めているらしい『国立自然対策研究所』がどんな施設かはわからないが、字面からはあまり高給なイメージはわかない。
歓楽街と縁の深い真稀から見て、裏社会の人間の気配もないが、真稀の事情を聞いて驚いた様子がなかったというのは、裏社会でなくても何か、普通とは違う世界に生きているのではないだろうか。
「(聞きたければ聞けばいいのに、聞けないのは……)」
色々なことをはっきりさせてしまえば、月瀬の側にいられないと思ってしまうかもしれない。
月瀬の素性がどうでも、真稀が彼を慕う気持ちに変わりはないだろう。
「(…………眠れない…………)」
夕食の片づけを終え、風呂をつかわせてもらうと、もうやることがなくなった。
自分がうろうろしていては月瀬がくつろげないかもしれないと、さっさと寝ることにしたものの、ベッドに入っても一向に眠気は訪れない。
昨日の今日で怒涛の展開。慣れない場所で料理をしたり、緊張もしていたから疲れているはずなのに、どうしても月瀬のことやこれからのことをぐるぐると考えてしまう。
幾度目かの寝返りの末、真稀は眠ることを諦めて起き上がった。
「(水でも飲もうかな……)」
部屋を出ると、月瀬の寝室から明かりが漏れている。
まだ起きているのだろうか。
「(持ち帰った仕事をしていたり読書をしているならコーヒーでも淹れて、いやでもそんな習慣なかったら迷惑かもしれないし……)」
部屋の前で悩んでいると、突然ドアが開いて真稀はびくっと飛び上がった。
「どうした、眠れないのか?」
月瀬の方には驚いた様子はないので、真稀が眠れずにいることを悟られてしまっていたようだ。
気を遣わせたくはなくて、真稀は慌てて言い訳する。
「えっと、その……お水をもらおうかと思ったんですけど、月瀬さんまだ起きてるみたいだからコーヒーでもどうかと思って……でもいらないかなとか……」
動揺しすぎて、つい考えていたことを全部言ってしまった。
「……では、いただこうか」
「えっ」
「よければ、君の分も一緒に。眠れないのならば少し話をしないか」
断る理由など何もなく、真稀は足早にキッチンへと向かった。
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