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気付けた、けれど3
穏やかに身を引こうなどと、できるわけがなかった。
叶わないと知っていながら、彼の優しさに甘えてしまった代償を払わなければならない。
真稀の言葉に、月瀬の足がぴたりと止まる。
「………………。それはやはり、私が自分で言いだした、ただの供給源としての領分を超える行為をしてしまったからだろうか」
「えぇっ?」
思いもよらない推測に、ぶんぶんと首を横に振る。
「い、いえ、それは全然いいんですけど」
「では、君を危険に晒してしまった不手際に不安を感じてのことか?」
「ち、ちがいます……!」
好意と履き違えそうで辛かったのは確かだが、月瀬に落ち度などあろうはずもない。
真稀は逡巡して、それでも言わなくてはならないと、顔を上げた。
「月瀬さんは、悪くなくて、……俺が……貴方のことを好きになってしまったから……です」
言葉の途中で再び俯く。
悪いのは、不相応な想いを抱いてしまう真稀だ。
優しい手を待ち望み、厳しい眼差しがふっと和らぐ瞬間を、ずっと見ていたいと思ってしまう。
たっぷりとした間があって、沈黙に耐えられなくなった真稀は、恐る恐る足元に落としていた視線を上げた。
すると、月瀬が虚を付かれたような顔をしていたので、今すぐこの手を振り払って逃げ出したいくらいいたたまれなくなる。
腕を掴んだまま固まっている二人にちらちらと向けられる視線が気になるようになった頃、月瀬がようやく絞り出すようにして口を開いた。
「……すまないが、それで何故一緒に住めないという結論に至ったのか詳しく説明してくれないだろうか」
「そ、そんなこと……」
いくらなんでもそれくらいは察してほしい。
「望みのない相手の側にいるのは、月瀬さんだったら辛くないんですか?」
「望みのない……? 待ってくれ、君は私の下心に付け込むことにしたのではなかったのか?」
「は? 下……心?」
何を言われているのかわからない。
聞き間違いだろうか。
付け込む?それではまるで月瀬が真稀を
その時、突然バサバサっ……と耳元で羽音がして、真稀は思わず首を竦めた。
大きな黒い羽根が、はらりはらりと目の前を舞い落ちる。
驚いて狭い空へと視線を向けると、ビルの看板に鴉がとまっていた。
艶やかな漆黒の羽毛で覆われた体はとても大きく、よく見ると足が三本ある。どうやら、この世のものではないようだ。
「(なんだっけ……神社とかでこんなの……ヤタ……ガラス?)」
妖怪というよりは神使の類だろうか。
だが、神もまた魔に堕ちることもある。ただ『視る』ことが出来るだけの真稀には、この鴉の正邪の区別はつかなかった。
ガア、と一鳴きしたその声が、言葉に聞こえる。
ニゲロ カリュウドガ クルゾ
「(逃げろ? 狩人?)」
どういうことだろう。
首を傾げ、すぐにはっとする。
「(まさか、例の地下組織が、まだ?)」
あのローブの男が捕らえられたことでもう終わったような気でいたが、よく考えてみれば『組織』なのだから複数のはずだ。
いや、だがそもそも、今本当にこの鴉はそんなことを言ったのか。
既にその鳴き声はガアガアとしか聞こえず、問いかけようとすれば来た時と同様、大きな羽音と共に消えてしまった。
「……真稀?」
訝し気な月瀬の声で、ふっとチャンネルが切り替わったような感覚があり、見えざるものを見ていたのだと気付く。
「月瀬さん、今の……」
三本足の鴉が見えていたかと尋ねようとした時、何故か全身にゾッと悪寒が走った。
今度は一体何が。
その思考が始まるよりも早く、唐突に腕を掴まれ、月瀬に抱き込まれる。
「ッ…………」
ガン、と乾いた大きな音がして、密着した体が大きく振動した。
「…………つきせ、さん?」
衝撃に強張った体が、ゆっくりと沈んでいく。
抱き込まれている真稀も自然と一緒に膝をついた。
月瀬の背後、導かれるように吸い寄せられた視線の先には、銃を構えたローブの男が。
撃たれた?
こんな、人の沢山いるところで。
だけど、そうだ。場所を選ばない『狩り』が問題になっていると、月瀬がそう言っていたじゃないか。
ドクン、と鼓動が大きく音を立てた。
撃たれた。
月瀬が。
ちがう。
こんな結末を、おれは、
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