35 / 44
その手を握り返せる未来1
◇
世界が、壊れていく。
コアに取り込まれ世界そのものになってしまったマサキには、それを見ていることしかできない。
『魔王』の絶望は、世界の終焉だった。
彼は無力な己に失望し、無垢な少年に自己犠牲を強いた世界を憎んだ。
そして、壊れ始めた世界に、人々もまた絶望した。
『管理者』と『マサキ』は、正しく『魔王』であり『災厄』であったのだ、と。
◇
ああ、これはいつもの夢の終わりの、その続きだ。
死んでしまって、それで終わりではなかった。
『マサキ』は何も知らなかったのだ。
失うことの絶望も。
喪わせることの悔恨も。
自分の死の先には幸福な未来があると、ただ信じて。
『真稀』も同じだったと今気付く。
のばされた手を、ずっと拒んで。
それが月瀬のためになるのだと、信じていた。
否、本当は今も思っている。
だって、生きていて欲しいから、幸せでいて欲しかったから。
その結末が、こんな
自己犠牲は尊いが、反面大切に想ってくれている人をないがしろにすることにもなりえるのだと。
もしかしたらこの夢はずっとこれを訴えていたのか。
自分は失うのだろうか。
……こんなにも大切な人を。
嫌だ、と感じる気持ちは想像以上に強く、喪失の予感は未来を黒く塗りつぶした。
◇
夜の街のざわめきが、唐突に戻ってくる。
しつこい客引き、人待ち顔の女性、ご機嫌な酔っ払い、無関心に通り過ぎる人々。
気付けばローブの男は倒れていて、それを取り押さえているのは見知らぬ青年だった。
青年はチェスターコートを着込み、リムレスの眼鏡と後ろに流した髪、それから涼やかな目元が印象的で、銃のようなものを片手に持っている。
誰もそんな普通ではない二人に目を留めていないことが不思議だった。
咳き込む月瀬を縋るようにして支えながら、衝撃の大きさ故か、どこか他人事のように現状を俯瞰している自分がいた。
局地的に時の流れが止まってしまっているかのようなこの場に、するすると近付いてくる車がある。
キュッと止まった赤いミニバンから颯爽と降り立ったのは、鷹艶だ。
「よ、二人とも無事? って何でつっきーダメージ受けてんの? おい勇斗お前何やってた」
この事態を何とも思っていないのか、軽い調子の挨拶に、真稀はどんな反応をしていいかわからない。
一方、勇斗と呼ばれた眼鏡の青年は「はあ!?」と端正な顔を歪ませた。
「何って、一発は仕方ないじゃないですか! こっちは怪しいってだけじゃ発砲できないんだから!」
「ばっかお前、『俺に任せとけ』くらいの勢いでこっちに志願しといて、弾を打ち落とすくらいの芸当なんでできねんだよ」
「アンタだったらできるんですかこんな殺傷能力ゼロのテイザー銃で!」
「そんくらい拳圧でなんとかなるだろ」
「人間業で言えよ! 普通出来ませんから!」
「普通にできないことをすんのが俺らだろっつーの! もういいから、さっさとこれ回収して三千遥と合流しろ」
勇斗は「覚えてろよ」などとブツブツ言いながらも、指示された通り意識のないローブの男を後部座席に押し込むと、真稀を一瞥だにせずに自分も車に乗り込んでしまう。
運転席からサングラスの男が顔を出し、「拾いに来る?」と問いかけると、鷹艶は「いい。もう捌ける」と首を振った。
車が動き出すタイミングで、月瀬が立ち上がる。
え、と思いながらも、真稀は促されるまま共に立ち上がった。
「っ…………鷹艶、首尾は」
「おう、とりあえず日本支部の頭はおさえた。……まあ、もう少しよく調べないとわからないけど、たぶんしばらくは真稀も安全だと思う」
「……そうか……」
「で、なんか痛そうだけど平気?」
「……問題ない」
「そう? う〜ん、そもそもこんなとこで司令塔自らドンパチって状況がさあ……。俺、真稀にちゃんと話しとけって言ったよな? ほんとに全部説明した?」
「………………。必要だと思われることは」
「………………。キャッチボールが足りなかった自覚はあるわけだ」
じとりとした視線を向けられた月瀬は、更に渋面になる。
何事もなく会話している二人の横で呆然としていた真稀は、ようやく何か変だと気付いた。
ともだちにシェアしよう!

