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その手を握り返せる未来2
「あのっ……月瀬さん……、怪我、は?」
つん、と月瀬の袖を引き、思わず会話に割り込んだ。
月瀬は振り返ると「ああ」と軽く胸元を叩く。
「この通り、防弾対策をしていたおかげで大丈夫だ」
「防弾……」
そういえば、密着した時に硬い感触ではあった。
よくよく見れば、撃たれたにしては出血もない。
「君は? 怪我はないか」
逆に気遣われて、真稀はこくこくと頷いた。
「対策っつっても覆われてない場所に当たる可能性とか普通にあったからな? まったく優斗の奴……」
「奴らは概ね心臓を狙ってくるから一発は撃たせろと言ったのは私だ。藍沢は忠実に任務をこなしたのだから少しは褒めてやれ」
「それで簡単に大丈夫って思うかあ? あいつはちょっと素直すぎるんだよ。俺には無駄に反抗的なんだからその反骨精神を仕事に活かせばいいのに」
「いらないだろう反骨精神は。お前こそ、………………」
再開された月瀬と鷹艶の会話をどこか遠くに聞きながら、ようやく真稀はじわじわと状況を理解し始めた。
……では、本当に月瀬は無事なのだ。
「………………っ」
実感できた瞬間、安堵でその場にへたりこんでしまった。
「真稀!? どうした、まさかどこか負傷したのか」
突然座り込んだ真稀を心配して覗き込む月瀬に応える余裕もない。
鼻の奥がツンとしたと思うと視界が曇って、地面にぽつ、ぽつ、とドット模様が生まれる。
くしゃりと歪んだ顔を両手で覆った。
「真稀…………?」
「っ……、月瀬さん……、死んじゃうかと思った……っ……」
恐かった。
自分の死などよりも余程、大切な人を失うことが。
引き換えにできる命なんてない。
誇りある死なんかよりも、懸命な生の方が、どれだけ尊いことか。
真稀にはようやくそれが理解できた。
しゃくりあげる真稀の涙が痛みや恐怖によるものではないとわかると、月瀬の心配と困惑の気配がふっと緩む。
「怖い思いをさせてしまってすまなかった。私にはまだやりたいことが色々とあるからな。そう簡単に死んだりしないから安心してくれ」
優しい声だ。
そっと頭を撫でてくれる手が、あたたかい。
「共に、戻ってくれるか」
コクコクと何度も頷いて、差し出されたもう片方の手を握り返す。
今は、直前に感じた喪失の恐怖が真稀を素直にしていた。
「つっきー、この週末は仕事のことは一切考えなくていいから、真稀とよ~く話をしておくように」
頭痛を堪えるような表情で二人の様子を見守っていた鷹艶に有無を言わさずタクシーに押し込まれ、二人で月瀬のマンションまで戻ってきた。
広いリビングのソファに真稀を座らせると、まず月瀬はコートとジャケット、そして防弾チョッキを脱ぎ捨てる。
防弾チョッキがフローリングに置かれた際の、明らかに通常の衣類と違う重々しい音。
隣に腰かけた月瀬に、思わず聞いていた。
「それ……いつも着てる……わけじゃないんですよね?」
「普段はあまり現場にはでないからな」
微かに苦笑した月瀬が続けて話してくれたのは、真稀にとって意外な話だった。
「君のことは上の方には報告していないから、あまり大々的に警護の人員を割けなくてな。今日は鷹艶が、件の組織の場所が掴めたというので襲撃をかけていて不在だったんだが、私は君が帰宅していない様子なのが気がかりだった。それで、鷹艶の班の中で動ける者に声をかけて出てきたというわけだ。万が一があっても、弾道がわかれば庇うことは容易だと思っていたし」
それで一緒に来てローブの男を制圧してくれたのが、鷹艶が優斗と呼んでいた、あの眼鏡をかけた青年だろうか。
何故自分が帰宅していないことを把握できていたのかも少々気になったが、真稀が目を瞠ったのは『上には報告していない』という部分だ。
指示があって、それで真稀を保護していたのではなかったのか。
「どうして……報告、してないんですか?」
「まあ、した方が手厚い保護を受けられるかもしれないが。『共生』と言っても、人間は管理できないものをなかなか受け入れられない生き物だ。届け出をすれば保護する名目で危険な存在でないかを監視されることになる」
国立自然対策研究所というのは、政治的には非常に微妙な立場らしい。
前身は、国家の中枢より超自然的な事象への対処を依頼された鷹艶が集めたごく個人的な集団で、後に合流した月瀬が今の形にしたそうだ。
国の中枢は、鷹艶の武力とカリスマ性を恐れ、自分たちの思い通りに動かないことを煙たがるのと同時に、敵対することやその力が他国にわたってしまうことをとても警戒している。
鷹艶の動向を監視し、日本に縛り付けるための楔(人質)として、彼が共生を主張する、人ならざる者たちを保護しているという側面もあるのだという。
「討滅しなければならない案件の方が多いこともあって、所内でも保護対象を、監視や研究の対象としてしか見ていない人間の方が多いんだ。……君は人に仇為す存在ではないことはわかっていたし、不必要に窮屈な思いや、不愉快な思いをさせたくなかった」
月瀬は己の判断が真稀を危険に晒したと思い後悔しているのか、「完全に私情だな」と苦く吐き出す。
だが、逆に真稀は、自分に都合のいい話をされている気がして、鼓動が早くなるのを感じていた。
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