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その手を握り返せる未来3
私情?
この言い方だと、義務的な気持ちではなく、月瀬がそうしたいから真稀を守ってくれていたように聞こえてしまう。
ローブの男に撃たれる直前、月瀬は何と言っていた?
真稀が、月瀬の下心につけ込むことにしたとかなんとか。
……期待をするな。何度己にそう言い聞かせても、『真稀だから守りたかった』という答えがちらついて。
「俺が……恩人の子供だから、ですか……?」
確認する声が掠れた。
真稀が何を聞きたいのか伝わったのだろうか。月瀬はふっと表情を和らげる。
「……そうだったな。君とはまず、先程中断した話をしなければいけなかった。何故、君がここから出ていかなくてはならないか、の先を」
「それは……、お伝えした通りの理由ですけど、でも」
もしも……、もしも、月瀬も自分と同じ気持ちだったとしたら?
ずっと悩んでいた、出ていく理由の大半が無意味なものになってしまう。
真稀が続きを言うことも聞くこともできずにいると、月瀬は少し困った顔で視線を外した。
「……君には、てっきり気づかれているのかと思っていたのだが」
「あの、……きちんと言っていただかないと期待してしまいそうなので、……月瀬さんは……、」
俺のことを、どう思っていますか?
震える言葉の先は、抱きしめられたことで途切れた。
布越しに月瀬の体温を感じて、一瞬頭の中が真っ白になる。
「つ、……っ」
「……まさか、そこを悩まれていたとは思わなかった。君は……その、好意を向けられることには慣れているだろうと思っていたし、私も我ながら気持ちを隠せていたとは言い難かったからな」
「そんな……、」
月瀬の言うような駆け引きなんて、全く思い浮かばなかった。
自分はやはり、子供なのだろうか。
この人からしたら子供かもしれない、けれど。
「だって……月瀬さん『それ以上の関係を求めない』って……」
他でもない月瀬が、「『それ以上を求めない安定した供給源』がいれば当座の君の悩みは解消するということだな」と言ったのだ。
だから、真稀も線を引いたのに。
月瀬はぱっと体を離し、真剣な表情で真稀を見つめる。
「それは、君のためのルールだろう? 君は、特定の供給源を作りたくないのはそれ以上の行為を求められたくないからだ、と言っていた」
確かに、自分の体質のことを説明した時にそんなことも言ったかもしれない。
「(じゃあ、本当に……?)」
いよいよ否定する材料がなくなって、おずおずと見つめ返すと、真摯な瞳とぶつかった。
「真稀、君を愛している」
低くて落ち着いた、真稀のすきな音が、至近でそう囁く。
聴覚からだけではない、触れ合った体からも音が伝わって、きれいな水のように真稀に注がれる。
「君は、私にとって特別な人だ」
「でも……俺、迷惑ばっかりかけてるし、男で、子供で、何よりヒトじゃないし……」
彼の言葉が信じられないのではなく、自分が信じられなくてネガティブな言葉を並べるが、月瀬は意にも介さない。
「それは、残念ながら私を思いとどまらせる理由にはならないな。君も同じ気持ちでいてくれるというなら、尚更」
ああ、そうだ。この人はこういう人だ。
引っ込めかけた手を、いつも全力で引っ張る。
自分はあの夢の中の『マサキ』ほど強くはないから、差し出された手が好意だとわかって尚、ふり払うことはもうできそうもない。
きっと、この世界の未来がかかっていても。
真稀は、勇気を振り絞って同じ想いであることを伝えることにした。
「好きです……、俺も、月瀬さんが、大好きです……!」
先ほど彼がしてくれたように、ぎゅっと抱きつく。
「っ………………」
……と、苦痛を堪えるような呻きが微かに耳に届き、そろそろと体を離して見上げた月瀬が少し気まずげに視線を逸らしたので、まさか、と彼のインナーをワイシャツごとたくし上げて背中を見た。
撃たれた箇所だろう。本人は大丈夫だと言ってはいたが、赤黒く変色している。
「つ、月瀬さん、これ……」
「……防弾といっても、基本的には貫通を防ぐためのもので、どんな銃弾からも百パーセント保護できる装備品というのはないからな。骨は折れていないから大丈夫だ」
ぶつけた程度の痣とは違う、相当酷い内出血だ。
狙われているのも気づかずふらふら出て行って、狙撃された時も何もできなかった真稀は後悔でいっぱいになる。
「俺のせいで……、ごめんなさい」
「いや、私の方こそこんな時に格好悪いところを」
「つ……月瀬さんはかっこいいです!」
驚いた気配がして、つい力強く反論し過ぎてしまったと恥ずかしくなった。
「ありがとう。……ところで君は、いつも突然大胆だな」
「え……。……あ……!」
指摘されて始めて、服を脱がしかけた挙句、彼に乗り上げ、抱きつくようにして背中を確認していたことに気付く。
何故立ち上がって回り込まなかったのか自分。
「いや、違っ……! そ、そういうつもりじゃ……」
真っ赤になって慌てて離れようとしたが、両腕が回ってきてそれは叶わなかった。
「では、今度は私から君に触れても?」
「っ……お、お願いします……」
からかうような瞳に至近で覗き込まれて、観念する。
とはいえ、好きな人から触れられるのをじっと待つなんて、経験がない。
こんな時どういう風にしていればいいのかわからなくて、真稀はぎゅっと目を瞑った。
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